後編 電装竜騎士

第6話 犠牲

 カズマの身体は空中に放り出された。彼のドラグトゥーンは爆風のあおりを受けて横転し、尾翼を下に落下を開始している。その姿勢で落ちる飛行機は成す術無く墜落するものだ。尻を下に落下してしまえば、主翼は風を捉えて揚力を生み出すことができず、ジェットエンジンは空気を吸い込んでそれを噴射することができないため推進力を作り出せない。

 一方カズマは、ヴォルテックス・ゼロから落馬して空中を漂っていたが、彼は自分の足首から伸びた細いチェーンによって、彼のドラグトゥーンと連結されていることに気づく。

 彼は細鎖によって機体に繋がれた足を強引に引っ張って、機体を引き寄せる。いや正確には自分の身体を機体に近づけた。

 自分が着こんでいるガチャガチャした電装竜騎士の専用アーマーに凄い力があるのか、あるいはバベルという男の肉体が特殊な改造手術でも受けているのか、カズマの手足は人間離れしたパワーを発揮して、空中で機体を捕まえ、片手懸垂の要領でシートの上にもどる。フロントに装備されたグリップをつかみ、渾身の力で引っ張って機体の向きを変えた。これなら動翼も推力も関係なし。物理的に、力任せに機体を制御できる。騎乗するタイプの小型戦闘機で初めて可能になる機動といえた。

 機首が下を向いたところで、操縦桿を握り、スロットルを調整する。

 ヴォルテックス・ゼロはすでにかなりの高度を落ちていた。

 機体は厚い層雲を抜け、眼前に広がる大海原へ向けて亜音速で落下している。上から見下ろす海面というのは距離感がつかめない。視界の中で光る高度計オルトメーターを確認するが、数値の単位が分からなければ計器の表示は意味を成さない。が、全体の数値の下がり方で、落下速度と海面激突までの距離感はなんとなく掴める。かなり状況はやばそうだが、機体に速度があれば運動性はあるはず。カズマは操縦桿をじわりじわりと引いて、風の摩擦の手応えを確かめながら、機首を上げ始める。高度の下がり具合に注意を払いつつ、機体を的確に水平へ、そしてぐうっとGをかけて上昇へと転じる。バイザーの隅で低高度を現す警告の赤文字が点滅していたが、引き起こしにともなう高度上昇で、すぐにそれは消えた。

 ほっと一安心したところで、数十メートル横を落下してゆく黒い機体を目撃する。

 火を噴き、黒煙を上げる機体は、翼が折れ、機首が千切れていた。そしてその脇を手足をだらりと下げて落ちていく人影。彼はギザギザした電装竜騎士のアーマーに身を包んでいたが、胴体が半ば千切れ、変な方向に折れ曲がっていた。とても生きているとは思えなかった。

 カズマの全身に、ざっと音を立てるように鳥肌がたつ。いまのは戦死者か? もう少しで自分もああなっていたのか?

 とたんに彼の手足は、得体の知れない感情に支配されて、ぶるぶると激しく震え始めた。

「転生兵はどうした!」

「わからん、それよりギームがやられた。生死不明!」

「ブラボー隊、応答せよ。指揮は誰がとるのか!」

「もう時間がない。戦力も削られている。とっととあの異世界の大型旅客飛行体を破壊して、バハムート・クランの脚間を攻撃しよう。間に合わなくなるぞ!」

 通信装置から混乱した会話が流れてきて、通信用小画面が次々と開く。

 カズマは慌てて、左方の空に浮かび上がっている通信アイコンをダブル・ウィンクでクリックし、回線をつなげた。

「こちら転生兵のカズマです。ぼくは無事です」

「転生兵か? 君を庇って墜落したギームはどうなった? 見ていないか?」

「あ、いえ、ギームさんは、墜落して……、たぶん助からないと……」

「なんてこった」相手の男が吐き捨てるように言う。そして小さく呟くのが、カズマの耳にも届く。「この、疫病神が」

 その一言に、カズマの身体はさらに震えを増す。全身がおこりのように震えてしまって、操縦桿がうまく握れない。

不味まずいな」新しく開いた画面にローレライの顔が映る。「ギームがいないと、槍兵がいない。うちには槍が二人しかいないんだ。となると、逆鱗打ちは使えないから、やはり脚間を狙うしかない」

「そうだな」落ち着いた感じで別の顔が割って入る。出撃直前に味方のフォーメーション変更を指示していた朱漆の男だ。「とすると、後味が悪いが、大型旅客飛行体はやはり破壊するしかないな。磨羯魚の奴は、異世界からやってきたくせして、時として、戯れに別の異世界の獲物を捕らえることがある。ま、所詮は異世界の飛行体だ。ここは運がなかったと思って、あの大型旅客飛行体の乗客たちには犠牲になってもらおう」










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