第5話 翼ある蛇
そいつはまず、空飛ぶ港のように大きかった。ただし蛇のように細長く、くねくねと身をのたうたせ、真横に広げたトビウオような羽は、目測だが1000メートル以上はあるのではないか? 形状は空飛ぶ『翼ある蛇』。ただしランドマーク級のサイズだ。体長は、味方機との比較でも2000メートルは下るまい。空飛ぶ戦艦どころではない。これはまさに空飛ぶ港だ。
長い尾を打ち振るう、雲よりでかい身体は、銀色の鱗に覆われている。頭部は平べったく、サンショウウオを彷彿させ、ただし妙な形状の背ビレは極めて魚っぽい。
パイプオルガンのパイプを思わせる連結した管で形成させた背ビレの中から、上に向けて、昼間の打ち上げ花火みたいに赤熱した火の玉が発射された。数百メートル一気に上昇した火の玉は、上空でころりと回転すると、中央の巨大な目でぎょろりと周囲を見回し、一機のドラグトゥーンに視線を留めると、ケツから火を吹いて球形ミサイルと化し、襲いかかってくる。単眼をもった火の玉は、電装竜騎士団の機体に迫り、迎撃しようとする周囲の電装竜騎士たちの銃火をかいくぐって獲物に襲いかかり、炸裂。高温と衝撃、球形に広がるフレアの周囲で、粉々に砕けた電装竜騎士と、彼もしくは彼女のドラグトゥーンが残骸となってゆっくりと落ちてゆく。一人やられた。戦死か。
「やろう」斜め前でローレライが悪態をつき、彼女のガンイーグルが両サイドのバルカン砲を支持アームによって機体から持ち上げる。砲口を空飛ぶ怪物に向けると、グリーンの光を放つ銃弾を八つ当たり気味に撃ち込んだ。
何秒かしてから、化物の体側に着弾するが、銀色の鱗には傷ひとつつかない。全く効いた気配がないけど、大丈夫なのか?
「こいつが放つ眼ビットは、かなりの長射程だ。1500以下だとロックされるぞ!」
だれかが叫び、ローレライが「
「転生兵、距離をとる。ついて来い。左に
いきなりローレライがガンイーグルをロールさせると旋回に入る。カズマは反射的に操縦桿を倒して追随しつつ、叫び返す。
「ありゃなんですか! あの巨大過ぎる化物は!」
「
「いや、でも、あんなの……」
後ろを振り返りながら、磨羯魚バハムート・クランの巨体を確認する。あんなの、倒せないでしょ、とは口にできなかった。
「いまブラボー隊がセオリー通りの、下からの攻撃を仕掛けているが、なにやら問題があるらしい。奴がなにかを
「破壊に問題があるんですか?」
「うーん、あるような、ないような」ローレライは口ごもる。「どうやら、異世界の大型旅客飛行体らしいな。異世界人が大勢乗っているらしい」
「え?」
ローレライの言葉を聞いたカズマは、反射的に操縦桿を倒すと、思いっきり引き起こし、ヴォルテックス・ゼロを急旋回させた。
彼の周囲で風が変わり、主翼面から白い蒸気が立ち上る。真正面にバハムート・クランの姿が来たところで、操縦桿をもどし、フルスロットルで加速する。真正面から風の壁が彼の身体を殴りつけ、煽られたように機体がふわりと持ち上がる。操縦桿操作で、加速による高度上昇を抑え込み、上がろうとする力を前に行く力に変えて、カズマは機体を最大加速させた。
「おい、待て、転生兵!」
ローレライが叫ぶが、無視してアフターバーナーに点火する。カズマの身体の下でヴォルテックス・ゼロが身震いした。
真正面の磨羯魚がどんどん大きくなり、警報が鳴り響く。上がろうとする機体を力任せに押さえつけて、機首を下げ、バハムート・クランの腹側へ潜り込んだ。
巨大な空飛ぶ蛇の身体の下には、ザリガニの脚に似た四対の鋏脚が生えており、その頑丈そうな脚が、白い機体を抱えている。
ボーイン
「嘘だろ」
亜音速でバハムート・クランの下を潜り抜けながら、カズマは茫然と日本の国内線旅客機を見上げる。
あそこには、妹のリナが乗っている。カズマ自身の身体もあるはずだ。そればかりではない。自分たちと一緒に羽田を飛び立った大勢の乗客乗員がいるのだ。
なんてことだ。一体どうすればいいのだ?
「バベル! よけろ! 後方だ!」
男の声が必死に叫んでいた。バベルが自分の事をさしているのだと気づくのに時間がかかり、振り向いたときには目の前に、巨大な目玉と火の玉が視界いっぱいに広がっていた。
そこになにかが高速で突っ込んできて、猛烈な熱波と衝撃波がカズマの身体を撃ち抜く。
あっと思ったときには、彼の身体はドラグトゥーンの上から放り出されていた。
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