第4話 ターゲット


 メットのバイザーの内側に投影されたホログラム映像によって、大空というスクリーンに、飛行に必要な各種情報が表示される仕組みだ。正面ばかりでなく、首を廻すと左右、上下にも、必要な情報が書き込まれており、パイロットは一々操縦パネルの多機能ディスプレイを操作せずに戦闘ができる。

 そしてカズマは、それらの未来的情報表示の中に、見つけてはいけない表示を見つけてしまう。

『TGT』。

 赤い表示でTGT。すなわちターゲット。敵だ。

「戦争をしているのか……」カズマは呻くようにつぶやく。

「そうだ。われらは電装竜騎士団。敵を殲滅するためドラグトゥーンに跨る、空翔ける騎士の集団だ」

「ぼくは人殺しはしない」

「いや、人は殺さない。ただの魚釣りさ」

「言っている意味が分からない。戦争だと言ったじゃないか」

「百聞は一見にしかず。つべこべ言わずについて来い」ローレライは言い終わらないうちに戦闘機を加速させた。青い噴射炎をノズルから放って、彼女の機がすうーっとカズマを引き離してゆく。

 ローレライの機体は、ごついベンツみたいなグリーンの双発。機体下面のエアインテイクが四角くて、ちょっと自衛隊のF15イーグルっぽかった。エンジン出力もありそう。両サイドに大型のバルカン砲がむき出しのまま取り付けられている。カズマはとりあえず彼女の機体をガンイーグルと勝手に名付け、スロットルレバーを押し上げた。

 ふと自分の機体の液晶画面を確認すると、画面の外枠のところに細かい字で何かが彫られていた。


『この機体の名前はヴォルテックス・ゼロと言います。転生してきた方、わたしの身体ともども機体をよろしくお願いします』


 どうやらバベルという人、つまりこの身体の持ち主から転生者、つまり今回はカズマへのメッセージらしい。機体に名前をつけているあたり、ちょっと親近感が湧く。カズマも自分の自転車にバイパー・ゼロという名前をつけている。センスまで近い。

 そして反対側には別のメッセージ。こちらはバベルさん本人に対する自戒もあるのかもしれない。


『先を読め。風に乗れ』


 遥か前方、積雲の向こうで、ちかちかとフラッシュのような光が瞬いている。グリーンの火箭が走り、青い光源が飛び交うホタルのように弧を描く。そして赤い光点が高速で空をよぎっていた。

 戦場だ。あそこで戦争が行われている。

 バイザー・グラスの中で表示が走り、味方機の位置を四角いコンテナで表してくる。中央の赤文字TGTの脇には距離が表示されている。数値は6000。ただし単位はキロなのかフィートなのか不明。いやここは異世界たから、どっちもないか。これに関してはバベルさんの記憶は働かない。とりあえず6000という数値だけおぼえておくことにする。

「接敵するぞ、転生兵。あたしのあとに追随して緩やかな旋回。あたしたちのポジションはバックスで、仕事は援護。敵の眼ビットを撃ち落とすのが役目だ。距離1000で敵の射程内。1000以内には近づかないようにしろ」

「ロジャー。こういうときは、ロジャーでいいのかな?」

「なんでもいい。イエスでもヤーでも。ただし、ノーとかはないから」

 とはいえ、正直カズマには、戦争に加担する気はまったくない。攻撃する振りして、殺戮行為は一切しない腹積もりだった。

 顔をあげると、敵の影がじわじわと見え始めていた。相手は一機らしい。が、でかい。大型の攻撃機? 早期警戒機か? あるいは旧式の巨大爆撃機。

 青い空を背景に、黒い影がゆっくりと飛行している。その周囲を、味方の騎乗式戦闘機ドラグトゥーンが、青い噴射炎を焚いてハエのように飛び回っている。

 その中心にいる敵は、黒く長い翼を大きく左右に広げ、銀色にきらめく巨体を波打たせ、あるいはくねらせ、時としてよじりながら……。

「な、ななな、なんだ、ありゃ……」カズマは絶句した。









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