第2話 出撃


すぐ隣から怒鳴られて、カズマは跳び上がった。

「すみません」

 反射的に謝ってしまう。反射的に謝ってしまったあとで、まじまじとその女性の顔を見つめた。

 彼女の吊り上がった目は、緑色だった。しかもかなりの緑色だ。着色料をたっぷり入れたメロンジュースみたいな緑色なのである。そしてアップにした頭髪も、目に痛いメロングリーン。彼女も室内にいる他の連中同様、じゃらじゃら鳴る鱗に覆われた鎧を着ている。しかも、肩当の部分に左右一丁ずつの短機関銃が取り付けられていた。さらに、背中に背負っているとおぼしき大型のアサルトライフル二丁の銃身が頭の両脇から覗いている。ちなみに着ている鎧も鮮やかなメタリック・グリーンだ。

 カズマが茫然としてこの怪異な格好の女性を見つめていると、彼女は「あっ」という顔をして何かに気づいたらしく、ついでちょっとだけ優しい声で訊ねてきた。

「きみ、名前は?」

「えっと、……風間カズマと申しますけど」

「あっちゃー、またかよ!」軽くのけぞりながら女性は周囲の皆に向けて大声をたてた。「おーい、バベルの奴がまた、転生されちまったぞ」

「え、また? 2日連続?」反対側から、朱漆みたいな赤毛の男が答えてくる。「こいつの霊媒体質にも困ったものだな。……じゃあ、今日の編成は、先鋒一人にして、ミコトを中軍にさげよう。ディフェンダーはバベル……、じゃなくて転生兵か。彼を中に入れて五人。その転生兵の面倒はローレライ、君がみてくれ」

「ええー、またあたし?」緑色の髪の女が露骨に口を尖らせる。

「で、後方支援の銃士をいつもよりやや前進守備にする」朱漆頭の男は無視して皆に指示を飛ばす。「ってことで、ブラボー隊の方はよろしくっ。では、全軍出撃」

「ラジャー」

 その場にいた全員がびしりと敬礼を合わせる。そしてすぐに動き出した。統制の取れた軍隊であるようだ。カズマが唖然としつつも感心していると、背後から防護服の襟首を掴まれ、もの凄い力で引っ張られた。っていうか、ぼくもこいつらと同じような恰好をしているのか。銀鱗に覆われた金属グラブを嵌めた自分の手をじっと見つめるカズマ。

「いいから早くっ! おまえも行くんだよ!」

 ぐいっと引っ張られる。

 ローレライと呼ばれたメロングリーンの女である。

「あの、行くってどこへ?」

「出撃だ」

「すんません、事情がまったく飲み込めないんですけど」

「そりゃそーだろう。だが、お前の都合は知ったこっちゃない。おまえが転生してきているそのバベルって男には、すでに出撃命令と前金の報酬が支払われている。中身が異世界から転生してきたカズマくん──だっけ?──、だとしてもだ。出撃免除とはならん。だから、出撃!」

「いや、ちょっ……」

 この女は出撃が大好きなのか?

 ローレライとかいうメロングリーン女は、カズマの手からヘルメットを奪い取ると、彼の頭に力任せに被せる。まるで誂えたような金属製のヘルメット内部は、彼の顔貌にぴたりとフィットし、目の前に透明度の高い遮光バイザー、口と鼻に酸素マスクが密着してくる。

「こっちだ」

 ローレライに引きずられること数メートル。

 部屋の後ろがそのまま大きな倉庫に繋がっていて、そこで先に行った連中が手早く何かに跨っている。光景としては、トレーニング・ジムに並んだ室内バイクのサドルに全員が規則正しく腰をのせた状態。

 なんだ?と疑問に思う間もなく、最後列のバイクの前にカズマは放り出された。

「これが、おまえの機体だ。早く乗れ」

 見よう見まねで、跨ってみる。

 腰を下ろす部分はバイクにそっくり。腹の前に燃料タンクみたいなものが盛り上がり、顔の前には風防カウル。足元にあたる場所には、二対のペダル。搭乗姿勢もバイクそっくり。ただし、手が来る場所には、スティックとレバー。右が操縦桿スティック、左がスロットル・レバー。

 ん? なんか、戦闘機の操縦装置みたいだな。

 そんなことをふと考えた瞬間、ガコン!という音が響いて、床が抜けた。落とし穴に嵌まったような衝撃とともに落下した身体を浮遊感が包む。周囲がぱっと明るくなって、青い光に包まれた。

 えっ?と思ったとき、すでにカズマは空の中にいた。





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