第8話

3月4日。

俺ら3年は、入試がひと段落して、それぞれの進路が決まった。

3月30日には俺らの最後の本番、定期演奏会がある。

夏のコンクールはあと1歩のところで、全国大会に行けず、みんなで悔しい思いをした。

学校に帰ってきてからの沢本先生の言葉が今でも思い浮かぶ。

「今年の本番は今までの中で1番楽しかったです!」

泣き腫らしたあとの先生の笑顔は、清々しくて、とても輝いていた。

速水もラッパのソロをミスってしまったけど、それもそれでいい作品になったと俺ら3年は納得している。

でも2年生の中では、揉めてるらしいけどな…

それでも俺たちを気持ちよく送り出そうとしてくれる。

いい後輩だなぁー。

そんなことをしみじみ思いながら、入試が終わって初めての部活に行く道を歩いていると

「おーーい慶太ーー!!!」

姿を見なくても、ドタバタ感を感じる。

「おー!杢先!」

「慶太!会いたかったー。」

「おい乃々華思ってないだろ。」

3人でガヤガヤしながら歩いていると

「全くいつでもお前らは騒がしいな。」

(((しょーたー!!!)))

バカ丸出しの3人と、それをまとめてくれる真面目。

ほかの3年とも固い絆で結ばれているが、この4人はそれ以上に仲がいい。

久々に3年含め、皆が久々に再開する日なのだ。

この4人以外にもギャーギャー言いながら和気あいあいと話していた。

この時間が俺にとっては幸せだ。

我らが沢本せんせーに会うのも6ヶ月ぶり。

またいつもの4人で部活へ向かっていく。

「お前ら久しぶりー!」

意気揚々と音楽室に入る。

「うわぁー!!慶太せんぱーい!!」

「おー!紗奈!」

「あ!翔太先輩!」

「元気そうだね。速水くん。」

「きゃー!吹野くん今日もイケメン!」

「やめてくださいって杢先先輩。」

自分で言うのもどうかと思うけど、俺達先輩と後輩は相思相愛だと思ってる。

よくこれを言うと、沢本先生筆頭に、気持ち悪いとディスられる。

でも、お互いに言いたいことがズケズケと言える信頼しあえる存在だと思う。

…まぁその分ケンカは、どこの高校の吹部よりもあると思うけど。

ひとしきり練習場所を見回って、俺ら3年は音楽準備室へ向かった。

そこには久しぶりの顔が座っていた。

「おぉー!」

子供のように目を輝かさせて、沢本先生が俺らを迎えてくれた。

9月に仮引退するまではグサッとくる静かな物言いに嫌になったことも多々あったが、それを含めて、大好きな顧問の先生だ。

「齋草ー太ったなぁー??」

「いや…まぁ…」

このやり取りだけで3年だけでなく、この部活に笑顔が咲く。

翔太は入部してからずっと、先生にいじられている。

そのおかげでケンカの火種が多くなる夏の練習も、穏やかに進めることが出来た。

もともと口数も少なかった翔太だが、引っ込み思案な彼を、叩きなおそうと先生が奮起し、部長を任せた。

しかし、副部長の池田 花香と全くと言っていいほど馬が合わず、ケンカというより、花香の一方的な攻撃で、部活をやめるやめないの大騒ぎになったこともある。

互いの悩みを聞いていた俺からすれば、どんな顔をすればいいか分かったもんじゃない。

それでも俺ら平部員や、2人の必死の努力で、部活を引っ張る名コンビとなった。

今では付き合っているというのだ。

羨ましいというか妬ましいと言うか…複雑。

そんな奴だが、2人なくして俺らの代の吹部は語れない。

それ以外にも、思い出は沢山ある。

俺らの代は先生から直接言われたのは1回しかないが、よく「歌う」代だといわれた。

そんなことから、先生の提案で曲のメロディーに、歌詞を自分たちで考えて付けた。

授業中もコソコソ考えて、それがバレて沢本先生を怒らせたのは今となってはいい思い出だ。

そんなこともつつ、俺達は歌詞をつけた。

ここは悲しい場面だから、切なさを映し出す歌詞。などと区分分けしたり、工夫して皆で考えた。

歌詞が出来て、やっと練習にはいる。

まずは歌声と言葉と表情で。

楽器になったら、声も言葉も出せないから、頭の中で歌詞を当てはめ、音色の深みや艶を調整する。

普通に考えて、そんな音をホイホイ調整するなんて、無理な話だ。

しかし、何度も歌い、吹けばそれは可能になる。

はじめの頃は、ただ棒吹きになってしまい、お客さんが寝るのも仕方ないですね。こんな音じゃ。と先生に叱咤され、なんども泣かされた俺たちだが、悔し涙を流しながらでも俺達は歌って吹いてと練習に明け暮れた。

どんなに忙しくて、時間がない時でも、1回は確実に歌った。

日に日に音色は場面にふさわしい音色になって、自分の感情で音色をコントロールするにまで至った。

プロの演奏家なら、そんなこと造作もない事だろうが、アマチュアである俺達にとっては何にも変え難いくらいに嬉しかった。

誰も声には出さなかったが、確実に上を目指す気持ちが強まったと体感した。

そんなある日、部内でいさかいがおきた。

俺は、ソプラノパートに分類されるオーボエを担当していたのだが、フルートを担当している谷野 千絵を見て、少しムッとしてしまった。

練習中、ふざけているように見えるのだ。

もちろんはしゃいでるとかではなく、練習している中でだ。

フルートは感情をこめて、いわゆる歌いながら吹くと、自然と曲に合わせて体も揺れるそうだ。

他の高校や、プロの奏者でもそうなるということを知っている俺は、納得しているはずなのに、何故かこの日は、と言うより上の大会への意識が高まるごとに千絵を見ているとイラついてくるのだ。

ついつい口に出してしまった。

「おい。千絵。真面目にやれよ。」

「え…??」

きょとーんとした顔がよけいにむかつき、「だからそんなふざけたように体揺らして吹くなって言ってんの!」

「え…私はただ、いい曲だなぁって思って吹いてるだけで…」

おずおずと話す千絵を見て腹立たしくなった。

チッと舌打ちをして何も言わず、俺は席へ戻り、黙々と練習に打ち込んだ。

千絵は何が悪かったのか、全く分かっていなかった。

俺はそれが余計にイライラの種になったが、今思えば幼い話だ。

それからは気まずい空気感が練習部屋に漂っていた。

またいつものように練習しようと思ったら、「松浦。準備室へ。」

と先生に呼ばれた。どうやら俺が言いがかりをつけたことを不安がり、後輩が先生に伝えたらしい。

余計なことを。とは思ったが、渋々準備室へ向かった。

そこからは話が早く、

「あなたが谷野に言ったこと、なにか理由があって言ったの?」

と聞かれた。

だから俺は、正直に答えた。

千絵には上の大会へ行こうとする気持ちがないのでは、と思ったこと、それ以前に金賞をとる気があるのか、ということも俺が思っていたと言うより愚痴に近いことをべらべらと話した。

先生は、俺の言い分を黙って聞いているのをいいことに、分かってくれてるんだなと、優越感に浸っていると、突然先生に「松浦。あなたは間違っていますよ。」厳しい顔で言われ唖然としてしまった。

「何がですか?」

と聞いた俺に先生は溜息をつき、「自分で考えてください。」と突き放された。

特に先生が何を言うわけでもなく、練習に戻れと言われた。

納得がいかなかった。

自分が正しい。先生は間違っている。

そんなんじゃ全国大会は愚か、県大会にも行けない。

先輩方の顔に泥を塗るつもりなのか?

自分の考えが否定され、それに対する苛立ちがこみ上げ、周りの部員全てが苛立たしく思った。

一体何が違うんだ!!

頭の中でそれだけがグルグル回っていた。

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