第7話
話が終わって、俺は何も口に出すことが出来なかった。
月が寂しげに光る帰り道、俺はボーッとしながら歩いていた。
世はあと1週間で、夏休みに入る。
俺の、初めてのコンクールが始まるのだ。
そんな中で、こんなエピソード。
吹野と速水くんの関係や、それ以外の部員のモチベーションに不安を感じた。
しかし、くよくよしている訳にもいかず、今はとりあえず音楽の勉強をすることにした。
翌日、俺はコンクールの曲を配ることにした。
昨日の話も含め、その時その時で対処すればいいと思ったのだ。
新参者の俺が介入したら、信頼度は余計に下がってしまうだろうという推測もあるが。
といってもやはり高校生。課題曲と自由曲にいちいちリアクションしてくれるのは、選曲した俺にとっても嬉しいものがあった。
「よーしお前ら、今年はこの曲でやってくぞー。明日は学校の決まりで休みになっちゃうから、各自譜面を見てくるように。」
((はいっ!))
果たして、こんな指示を出していいものかと不安なのだが、顧問として指示を出す立場なので堂々としていなければとも思う。
明日は休みで、実質暇だから遊びに行こうかとも思ったが、ふと前顧問の名前が浮かんでそこに反射的に連絡した。
そして明日、元々この吹部の顧問だった沢本先生を訪ねることにした。
翌日。
沢本先生とは初対面なので、割と緊張していた。
「こんにちは。」
声をかけてきたのは、まだ25歳くらいの若くて綺麗な女の人だった。
「あ…沢本先生…ですか?」
「はい、まぁ体調の関係で、教師は辞めてしまったんですけど…」
「は、はぁ…そうなんですか。」
はにかむとも、寂しげとも見える微笑みに俺はあろうことか、見とれてしまった。
とりあえず俺達は、沢本先生が今所属している吹奏楽団が練習しているホールへ行くことになった。
沢本先生は中高とクラリネットをやっていたらしく、楽団の方でもクラリネットをやっているらしい。
しかも幸運なことに、エニグマは楽団の十八番だそうだ。
2人で歩いていると、沢本先生がおもむろに口を開いた。
「部員のみんなは、元気ですか?」
「え…ええ。」
とっさに嘘をついた。流石に元顧問の先生に去年のことで揉めに揉めてるなんて言えるわけがない。
しかし流石は元顧問。嘘をついていることが一瞬で見抜かれた。
「まぁ…去年のコンクールの事で揉めているのかとは思っていたけど…」
沢本先生は辞職してから、ずっと心配していたらしい。
俺はふと、思ったことを口にした。
「先生が顧問を辞した後も部員のことを気にかけているなんて、素晴らしい先生ですね。僕も見習わないと。」
そう言うと沢本先生は微笑んで、
「あの子達には若くて、経験もない私にいろんなことを教えてくれましたから。卒業してしまった元3年生も含めて、私の教師人生を彩ってくれた大切な部員です。」
そう言う沢本先生をみて、俺は恥ずかしくなった。
俺は今年で30になる訳だが年下の人から学ぶという経験が初めてだった。
恥ずかしいのもあるが、学べることも少なくないと感じた。
話しているうちに、ホールへついた。
中に入った瞬間、俺は口をあんぐりと開けてしまった。
ホールは俺が想像していたものとはほど遠く、大きくて広くて綺麗だった。
前方を見れば、よくテレビで見る、パイプオルガンとやらもある。
初めて実物を見たのと、今まで縁のなかった空間にいることへの好奇心とで、幼い少年のようになっている俺を見て沢本先生はふふっと笑って
「こういう所、初めてなんですね。」
と言われて、恥ずかしいところもあったが、「ええ。吹部の顧問になるまで、こんなところ来たこともありませんから。」
と正直に答えた。
ホールには沢本先生が所属する風立ウィンドオーケストラ、通称風バンと言われている人たちが演奏の準備をしている。
風バンはよくテレビにも出演したり、海外でも公演を行っているハイレベルな楽団だ。
俺はしみじみ恵まれている環境に感謝した。
「では立花先生、今日は指揮の練習ですから、先生に指揮を振って頂きます。」
「あ、はい。」
と言ってそそくさと指揮台に上がると早速注意された。
「先生、たとえ今お客さんがいなくとも、ホールにきちんと挨拶をするべきですよ。」
「あ…そうですね。」
俺は指揮台の右隣で、深く礼をした。
そしてカッコよくエニグマの指揮を振る…わけにはいかず、開始2秒程で撃沈した。
譜面はおぼえているが、指揮の振り方など分かるはずもない。
「先生、譜面は覚えていますか?」
「ああ…はい。」
「じゃあ1回私が振ってみるので、私の真似をして練習してみてください。」
と言って沢本先生は指揮を降り始めた。
俺は沢本先生の指揮を振る姿を見て、息を飲んだ。
よく奇抜な指揮の振り方でメディアに取り上げられる指揮者がいるが、沢本先生はその真逆だった。
特に大きな動きはなく、見ていて楽しいものではないが、一振り一振りに自信がみなぎっているようだった。
あ、ここは大事なところだなというところだけに、体の動きを付ける。
奏者からしても、とてもわかりやすい指揮を振っていた。
奏者の方々も、心底音楽を楽しんでいるようだった。
刹那、部員の顔が浮かんできた。
あの子らも、こんなに楽しそうに演奏してたんだろうな。
俺も沢本先生のような顧問になりたい。
その思いだけが胸の中で渦巻いていた。
その時。
「お、沢本せんせー、いい感じだね!」
「体調よくなったんだねー!安心した!」
と大学生のような、男女4人組がホールに入ってきた。
そして俺を見るや否や
「おっさん、海山吹部の新しい顧問でしょ?」
と聞いてきた。
言葉遣いよりも、おっさんの方にムッとしたが、抑えて「ああ。君たちは?」
と聞くと、金髪のいかにも女子をもてあそびそうな男が、「俺は松浦 慶太。」
次に真面目そうな美男子が、「齋草 翔太です。」
「ウチ杢先 綾加!!」
「小木 乃々華です!」
と超元気そうな女子2人が挨拶してきた。
なんだこいつらと言わんばかりの顔をしていたのだろうか、齋草くんが
「僕達、去年卒部した部員なんです。」
と教えてくれた。
(とすると、沢本先生に3年間習った部員か…)
そんなことを考えてると
松浦くんが、
「アンタ吹部の顧問初めてらしいから、俺らと沢本せんせーと俺らの代エピソード、少し教えてやるよ。これからに役立てるんだな。」
随分な上からの話し方だが、興味が、あるので聞くことにした。「ああ。よろしく。」
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