第6話

9月3日、吹奏楽コンクール西関東支部大会当日。

私たちは群馬県のとあるホテルにいる。

なかなかの遠出だから、当日一日前からスタンバイしていたのだ。

高校の吹奏楽をよく知っている人から見れば、海山高校は全国常連。

今年もまた問題なく全国大会へ行くだろうと思っている。

でも実際、そんな生半可な勝負ではない。

どんなに強い高校も、全国大会出場が確実なわけではない。

だからこそこの支部大会に向けて必死に練習するのだ。

会場に漂う緊張感はあらゆるものを拒絶するかのようなピリピリがあった。

私たちも然りだ。

1人1人が緊張で顔が強ばっている。

特に祐也。

私たちの自由曲は、「歌劇 トスカ」。

プッチーニが描いたこの曲は多くの吹奏楽ファンから絶大な人気を誇っている。

一般的には悲劇と言われているトスカだが、それでこその歌い方、感情の表現に難しさがある。

歌劇らしく、大きな見せ場も多くある。

その中でも最大と言ってもいいのが、無伴奏のトランペットのソロ、つまりトランペットのトップである、祐也だけしか吹かない場所がある。

高い音で悲観的なメロディーを奏でるこのフレーズは、堂々と鳴らしてしまえば後はどうにかなるのだが、最初の音。

これを外してしまうとその後もガタガタになってしまう。

最初が全てと言っても過言ではない。

その上客席にいるのは夏の全てを吹奏楽をかけて県大会を突破した強者たちだ。

全国大会出場への切符をかけ、それぞれが本気の演奏をする訳だが、そこには運動部とは違うものがある。

例えば、結果は周りと比べられて決められるのだから、どんなに私たちが上手いと思い込んでも、どんなに高い楽器を使っても結果は比べられて決まってしまう。

それに吹奏楽部というのは、顧問の指導方法は千差万別である。しかし、部員に起きる色々な出来事はお互い似たようなものがある。

伸び悩み、人間関係。

吹奏楽部に入ったら避けることの出来ないことをくぐり抜けてきている。

敵同士がお互いの事情を理解し、気にかけているからこそ、舞台に立つ演奏者は並々ならぬプレッシャーを感じるのだ。

そんな中ソロがある祐也が心配で、つい話しかけてしまった。

「ねぇ?祐也?」

「うわぁっ!!…なんだ紗奈かー…」

「なんだってなにー」

少しムッとしてしまった。

「ごめんごめん。少し緊張しちゃってて」

祐也の穏やかな笑顔はなく、ひきつったわざとらしい笑顔かあった。

「大丈夫!祐也なら出来る!頑張ろ!」

そう言い残して私は私の準備を始めた。

そして本番…

トスカは吹奏楽をやっている人ならばほとんどの人が知っている。

難易度も高いことから憧れを抱く人も多いとか。

海山らしい豊かなメロディーがホールいっぱいに響く。

練習はとんでもなく辛いし嫌になるが、ホールで響く自分たちの音を聞いていると音楽やってて良かったと思うのだ。

一時の間なら、コンクールの結果などどうでも良くなる。一時の間、なら。

曲が進み遂に祐也のソロがやってきた。

無伴奏だからお客さんだけでなく私達も聴く。

背筋に冷たい汗が走った。





…!!!!

音を…はずした。

私はフルート。一番前にいるので後ろにいる祐也は見ることが出来ない。

大丈夫だろうか。

祐也のソロの失敗からか、突然全体の音量や音質が悪くなった。

ああ…これはまずいな…

そして私たちの本番は終わった。



結果発表まで皆は気まずい様子でいた。

祐也はこの場にさえいない。

どこを探してもいないのだ。

(大丈夫かなぁ…)

そして、結果発表。

「海山高校。銀賞。」

乾いた拍手がホールに無情に響く。

泣くものもいれば。黙って下を俯く者もいる。

私はこの西関東大会に掛けてきた3年生に申し訳なくて仕方がなかった。

沈黙のままバスに乗り、学校につき、帰路につく時、それは起こった。

「おい。速水」

吹野が祐也に話しかけている。

でも祐也はずっと下を向いたままだ。

「おい。速水」

「…」

「テメェこっち見ろや!!」

瞬間そばにいた人は凍りついた。

「……」

「あーそうか。お前は、お前のせいで全国に行けなかったってのに先輩の顔を見もせずに引導を渡すんだな?」

祐也は震えている。

声をかけたいけど吹野のあまりの剣幕に私が出る暇もなかった。

「…お前…さいってーだな。演奏者の資格なんかお前にねーよ。」

そう言い残して吹野はつかつか帰ってしまった。

近くにいた後輩は泣き出しそうな勢いで怯えていた。

祐也はずっと下を向いたままだ。

雨が降り始め、私たちの体を濡らした。

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