第5話
「速水くん…」
そこにはあの優等生と言われた速水くんの姿はどこにも無かった。
目は泣き腫らしたあとがあり、目はどこか虚空を見据えている。
まるで何かを後悔しているようだ。
俺は葛藤の末、事情を聞くことにした。
「速水くん。もし良ければ君に何があったのか教えて欲しい。助けになるかもしれないから。」
「大丈夫ですよ…気にしないでください…」
速水くんは弱々しい笑顔でどこかへ走り去ってしまった。
「はぁ…」
彼はトランペットパートの中で最も実力があり、人前で堂々と自分の意見や、指示を出せることから、周りからも人望があり、頼らる存在だ。
そんな人が、自身で自分を追い込むようなことがあったとしても、周りが追い詰めるようなことはよっぽどのことがない限り、ないはずだ。
(やっぱり、何かあったのかな。)
もやもやした気持ちの中、時間はすぎてゆき、部活終了時刻になった。
ここの吹奏楽部は、朝と帰りに部員全員でミーティングをするのが風習となっている。
部長である速水くんと福田さんが前に出てしきるのだが、今日のこともあって心配しかない。
ひやひやしながらミーティングの様子を覗いて見てみたら、いつもと何一つ変わらない速水くんがいた。
あんなに敵対していた吹野くんや福田さんも、いつも通りだ。
(一体どういう事なんだ?)
俺は疑問ばかりで帰路に着いた。
家に帰ってからも、俺のモヤモヤは晴れなかった。
全国常連の海山高校が、突然の支部大会落ちだったことと何か関係があるのだろうか。
翌日、またいつものようにミーティングがあり、昨日のことがまるで無かったかのように部活、学校生活があったが、チグハグな空気は隠せていなかった。
俺は意を決して、去年何があったのかを現時点で1番話しやすそうな福田さんに聞くことにした。
(っていってもなぁ…)
福田さんはどう考えても俺のことを嫌っている。好青年の速水くんも教えてくれないことを福田さんが、話すのだろうか。
その上、迫る吹奏楽コンクールに向けて課題曲と自由曲とやらも決めなければならない。
ハードである。毎日だらけていた生活とは全然違う。
聞くか聞かないかずっと迷っていたら、福田さんに話しかけるチャンスがなくなった。
(はぁ…明日でいっか…なんか体だるいけど、自由曲とか候補だけでも決めないと…)
睡魔との格闘を制し、数多の吹奏楽の、名曲の中から候補が決まった。
「エニグマ変奏曲」。
「威風堂々」などで有名なE.エルガーが作曲した曲だ。
眠くなりそうな曲をひたすら聞いて、俺の好みで決めてみた。難易度などは一切無視。
(あぁ…もう朝じゃん…)
俺は絶望感の中ベッドに倒れた。
翌朝。
「へっくしょい!」
どうやら風邪をひいてしまったらしい。
熱も高く、8.5度あった。
学校に休むと一報入れて、耳の横でひたすらエニグマを流しながら布団に潜っていた。
そして俺は知ってしまった。
この曲は難しいと。
部員ができないことはまずない。しかし俺の指揮は別だ。
見たことのない記号、早いテンポ、それぞれの楽器やパートにある複雑なリズム。
見てるだけではたして出来るのかと不安になる。
することも無いし、眠くもないのでエニグマについて調べることにした。
この曲は主題、つまり曲の原型と、その主題を変形させた変奏で構成されている。
木管楽器も金管楽器も目立つところがあり、それぞれで腕の見せどころがある。
何よりこの曲は歌い心が必要だ。
いかに艶やかで密度の濃い音で奏でるかで、曲の是非は大きく変わってくる。
そういったことも、皆に教えるのか…と考えていると、ピンポーンとインターホンがなった。
「はーい。」誰だろうと思いドアを開けると、そこには福田さんがいた。
「福田さん!?」
彼女はイラついたような顔つきで、「学年主任に頼まれたの!これ持ってけって!別に心配して来たとかじゃないし!」
とつんけんしていたが、その言葉とは裏腹にどう考えてもここに来る途中のコンビニでかったであろうゼリーとエナジードリンクがある。
「ツンデレなのか…」
ボソッと呟いたら鬼の形相で睨まれたのでとりあえず冷蔵庫に逃げた。
エナジードリンクを冷蔵庫に収めていると、お化け屋敷でよく聞く悲鳴並みの大きな声で
「あーもーマジ疲れたー!」と叫んだ。
近隣の方に怒鳴り込まれるのはゴメンなので家に上げることにした。
「家、あがってもいいよ。」
「マジ!?ラッキー!」
なんの遠慮もなく福田さんは入ってきた。
この子は本当に女子なのだろうか。
「へー以外にきれいじゃーん!なんでエニグマ流れてんの?変なのー!」
爆笑している彼女にすこし驚いた。
聞いただけでエニグマだと言い当てていた。
ちゃらんぽらんしているけど、本気で吹奏楽をやって来た証だ。
すこし休んでから、俺は意を決して、速水くんの事について聞くことにした。
「速水くん、去年のコンクールで何かあったの?」
質問を受けた福田さんは、ギョッとした顔で
「あー…もしかして調べちゃった?あーやっそうだよねーうん。そうだよ。」
調べてはいないのだが福田さんは何か1人で納得して「んー、このままでもまずいから何があったか教えてあげるよ。去年の支部大会、何があったのか。」
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