第3話

本番まで、あと1日。

俺は、自宅でも職員室でも音楽の勉強をしていた。

どうせこれしかやることが無いのだから、なかなか集中できる。

(よし…これなら少しは、練習で何をやってるか理解出来るはず…)

放課後、俺は意気揚々と音楽室へ向かい、合奏練習を見せてもらうことにした。

「合奏始めます!」

「起立!お願いします!」

(((お願いします!)))

大した挨拶だ。大人でもできない。

全員が座ると早速学生指揮者の丸山さんが、早速指示を出した。

「小野寺、立花先生にスコアを持ってきて!皆はチューニングしておいてね!」

(((はいっ!)))

勉強したおかげか、「チューニング」というのは分かる。全ての楽器で、音程を統一させる事だ。これが少しでもずれると聞いてる人が不快な思いをしてしまうらしい。

(チューニングはわかる…でもスコアってなんだ?)

「立花先生!スコアです!」小野寺さんがトコトコこちらへ来て、スコアとやらを渡してくれた。

「ありがとう。」

開いてみたら、ありとあらゆる全てのパートの譜面がそこに記されていた。

物珍しそうに、スコアを見ている俺に気づいたのか、小野寺さんが教えてくれた。

「指揮者の人は、それを見ながら指揮を振ったり、私たちの練習を見たりするんですよ!」

「なるほどね…」

こんなのを見ながら指揮を振っているなんて、世の吹奏楽部の顧問の先生はどうかしている。

(はぁ…また頑張らないと…)

新たな決意をして、皆の練習を見ていた。

(やれやれ…この本番は指揮者が要らなくて助かる…)

速水君いわく、明日の本番、蘭祭りで行う演奏は、「マーチング」という奏法で、指揮者はほぼ必要ないようだ。

(そんなこといっても、コンクールとやらで俺も指揮振るんだよな。)

俺も練習しなければならないことが山積みだ。

これからやることを考えながら、皆が演奏している曲に耳を傾けていた。

明日演奏するのは【マーチ シュガーステップ】。

大抵マーチには技術面で、特別に難しい曲はないが、テンポ、つまり曲の速さを常に一定に保つことがなかなか難しいらしい。

本番は指揮者がいないから、自分たちの行進で自分たちで、合わせるそうだ。

(これを当たり前にやってのけるのか…凄いんだな…)

明日はここ、海山高校だけでなく、海川高校、藤原高校も参加するという。

どの高校も、全国常連の超強豪だ。

(そんな高校が集まれば人もいっぱいくるよな…)

しばらくして練習も終わり、部員が帰り支度をすることになった。その間、俺は速水君と明日の予定の確認をしていた。

「じゃあ、明日はよろしくおねがいします!」

俺は明日の引率、参加手続き、弁当、楽器を会場へ運ぶトラックの手続きなどのほぼマネージャーのような仕事だ。

(まぁやることやらないとな。)

「分かった。」

皆が帰った後、俺は一人海山高校以外の高校はどんなものなのかと演奏を聞いてみた。

「うそ…だろ?)

俺は、衝撃を受け、しばらく呆然としていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「はぁーあー。明日本番じゃん…やだー。」

ウチは1人とぼとぼ歩いていた。

(はぁ…)

「おい!紗奈!」

振り返ったら、祐也がいた。

「ダメ部長が私に何の用?」

「少し、相談があって…」

(はぁ…ほんとにめんどくさい。)

「うん。で、なに?」

「俺ら、下手になってるよな…?」

「そんなこと聞くの!?当たり前じゃん!沢本先生いなくなって、タダでさえみんなのやる気がないのに、意味不な先生来て!もう海川高校とか藤原高校の足元にも及んでない!こんなんじゃコンクールなんて…」

「…」

(あ、ヤバい。)

祐也は男のくせに泣き虫だ。いつもウチが泣かせてしまっている。

「そうだよな…部長の俺がしっかり引っ張らないから…」

案の定、泣き出した。

「泣くひまあるんだったら、しっかりすれば!?」

「うん…ありがとう…」

そう言って祐也は足早に帰ってしまった。

その背中を目線で追いかけ、ため息ついてしまった。

(あーあ。またきつく当たっちゃった…)

吹部に入って、ウチらが部長、副部長になるまでは、仲良かったのに…

「なんでだろうなぁ…」

あの頃は楽しかった。祐也と笑っていらばよかったから。

先輩が、何とかしてくれたから。

先輩の立場になって、ましてや副部長や、部長という重要な役職について。

(もっと先輩のこと見ておけば…しっかりしていれば…)

後悔しか出てこない。

泣きそうになりながらも、必死にこらえて帰路についた。

春とは思えない冷たい夜風が紗奈と祐也の体をひやした。

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