第2話

本番まで残り3日。実質残り2日という速水君からの話を受け、俺は職員室で頭を抱えていた。

「立花先生…頭でも痛いんですか?」

話しかけてきたのは、保健の先生の米倉優香先生だ。

「いえ…2日後に吹奏楽部の本番で…」

「まぁ。そのことで。でもあれだけの実績を残しているなら、自分達でも出来るんじゃないですか?」

「そんな状況でもなさそうですけどね…」

「え?」

俺は、昨日の一部始終を米倉先生に話した。

「まぁ…そんなことが…」

「はい。僕も吹奏楽に関しては全くで…」

どうしようかと悩んでいる時、米倉先生が何か閃いたような顔をした。

「あ!じゃあ部員の方に教えてもらうのはどうですか?」

そんなこと、出来るわけがない。

(でも…そうしない限り、信用はされないよな…)

「分かりました…部活の時間に聞いてみます。」

「約束ですよ?」

米倉先生の子供のようなキラキラした目が俺を捉える。

(こんな目で見られたら、断れないだろっ…)

「わかりました。やるだけやります。」

「おおっ!一部始終、教えてくださいねっ!」

そう言い残して。米倉先生は嬉しそうに保健室へ向かった。

用があって職員室にいた生徒に「立花先生、米倉先生と付き合ってるんですか?」

と聞かれ、全力で否定しながらも俺、彼女いたことないという現実を突きつけられ、悲しくなった。

(はぁ…できないことは忘れて音楽の教科書でも読むか…)

そんなこんなで放課後になった。

(クラス担任じゃないってのも暇だな…)

そんなことを考えながら音楽室へ向かった。

(大勢の前で教えてくれっ言うのも嫌だな…)

ドアの前でウジウジしていると、後ろから声がかかった。

「あっ!立花先生!」

後ろを振り返ったら、速水君が女子から黄色い声を浴びそうな笑顔で近づいてきた。

「あっ速水君。」

「こんなとこで何してるんですか?」

「実はね…」

俺は、音楽や吹奏楽について教えて欲しいと速水君に頼んだ。

「なるほど…申し訳ないんですけど、本番の打ち合わせがあって…」

「そうだよな。わざわざすまん。」

高校生が打ち合わせをやること自体、俺は驚いている。

これもやはり俺が頼りないからだろう。

少し落ち込んでいたら、速水君がなにか思いついたらしく、「あっ!」っと叫ぶものだから、びくついてしまった。

「おっ!いきなりどうしたの?」

「すみません!音楽のことを聞くのに、いい人がいたんです!呼んできますね!」

「あ…ああ…」

しばらくして速水君が連れてきたのは、トロンボーンをもってテトテト走ってきた小柄な女の子だった。

「こんにちは!2年の小野寺乃亜です!」

「音楽については、乃亜に聞いてください!」

「わかった。小野寺さん。よろしくね。」

「はいぃ!よろしくお願いします!」

そんなこんなで俺と小野寺さんは視聴覚室に来ていた。

「じゃあ早速やっていきますね!」

小野寺さんは譜面を取り出し、俺に見せた。

【マーチ シュガーステップ】と題名にある。

「マーチって何?」

ついついでてしまったひとり言に、小野寺さんは律儀に答えてくれた。

「マーチは、行進曲って意味ですよ!」

「なるほどね!」

彼女の話だと、2日後の本番ではこの曲を吹きながら学校からほど近い自然公園を歩き回るらしい。

「楽器を吹きながら動き回るのか…」

「もしよかったら、今音楽室でこの曲の練習をしているので、見に行きますか?」

(その方がイメージつきやすいな。)

「うん。お願い。」

小野寺さんに連れられ、音楽室に入った。

(お…おお!すごい!)

そこには、運動部と見違えるくらいにキレイな行進をしている50人近い部員がいた。

(これが高校生…?プロかなにかじゃないのか…?)

「今は、行進を完璧に揃える練習をしてるんですよ。少しでもずれると、周りの人全員に迷惑がかかるんです。」小野寺さんが丁寧に解説してくれる。俺が感心しながら見ていたら、小野寺さんがいたずらっぽい目をして、「こんなこと、どんな吹奏楽部でもやっていますよ?」

(こ…こんなことって…それでも凄いな…)

俺はこの吹奏楽部が間違いない強豪校であること、そして、吹奏楽とは1人では出来ないことを分かっていても、改めて理解させられた。

(俺も頑張らないと…)

俺は小野寺さんにお礼をいい、近くの楽器屋に立ち寄った。

(んーと…基礎的なことを学べる本はないかな…)

曲がりなりにも、俺は教師だ。勉強すること自体苦ではない。

(お、あったあった。)

こうして吹奏楽や音楽についての教本を買い揃え、自宅にこもって勉強を始めたのだった…

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「今日はここまで!楽器片したらミーティングするよ!」

立花先生が顧問の先生になってから、2日。

(まだ慣れていないみたいだから、部長の俺が何とかしないと。)

自分で言うのもなんだけど、この部活には派閥がある。

ひとつは副部長の紗奈の支持をする人たち。率直に言うと気が強い女子の集まり。

もう一つは僕のことを支持してくれる人たち。

図々しいけどこの人たちの支持なしに僕は部長として仕事はできない…とか言いながらほとんど仕切っているのは紗奈だけど。

「ねぇ、祐也!ちゃんと仕事してよね!なんでいつも私が仕切ってるの!?」

「うん…ちゃんとする。ごめん…」

はぁっと溜息をつき、どこかへ言ってしまった。本番前の係の仕事だろう。

紗奈に怒られるのは、いつもの事だ。でも今

日は何故か余計に気落ちする。

「はぁ……うわぁ!」

僕が肩を落としていると、突然誰かがのしかかってきた。

「なーに落ち込んでいるんだいっ?」

「なんだよ…涼太…」

こいつは僕の中学からの友達。井野涼太。

校内で1番モテているであろう罪深いやつだ。

「まーったくーそんな落ち込んでるとイケメンが、台無しだぞぉー?」

「余計なお世話だよ…」

そんな他愛もない話をしながら、帰りのミーティングの準備をしていた。

「ミーティング始めるよー」

「起立!お願いします!」

(((お願いします!)))

吹奏楽部員全員での挨拶は、やはりすごいと思いながら僕は話をした。

「えっと…あと1日しかないので、全員緊張感もって明日は練習に当たってください。」

(((はいっ!)))

こういう時はちゃんと反応するんだよな…いつもは無視か反論する癖して。

イライラしながらも、帰りの支度を済ませ、帰路に着いた。

(今日は立花先生、いなかったな…)

正直な話、今年の本番は、すべて失敗に終わるのではないかと心配している。

さっきよりも、深いため息をついて、とぼとぼ家へ向かっていった。

(…にしても今日は風が強いな…)

綺麗に咲き誇っていた桜は散り散りになってしまった。

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