第9話 男と女
次の日の朝、目を覚ましてリビングに行くといるはずの蓮がいなかった。
その代わりに1枚のメモがローテーブルの上に置いてあった。
(おはよう。俺は先に出るからちゃんと鍵閉めて帰れよ!鍵はみぃが持ってて。)
久しぶりに見た蓮の字は、昔に比べて綺麗になっていて少し寂しさを感じた。
何でこんな気持ちになるんだろう...。
家に帰ってきたあたしは、大学に行く気にもなれず初めて休んだ。
医学書や論文を読む気にもなれず、ぼーっとTVを眺めていたらケータイがけたたましく鳴り始めた。
取る気にもなれず、無視していても鳴りづつける。途切れても何回も鳴り始め、何回目か分からない着信に答えることにした。
「みぃ?蓮のことだけど...。」
電話の主は健ちゃんだった。その健ちゃんの声からは心配でたまらないと言う声だった。でも、今日は誰とも話したくない。
「健ちゃんごめんね。何も考えたくないの。」
電話を切ろうとした時、スピーカーになったのかと思うくらいの大きい健ちゃんの声が聞こえた。
「待てって!!少しは蓮の気持ちも考えろよ!!お前が想ってるよりも蓮はお前を想ってる。お前だって分かってんだろ?じゃなかったらこんなところで司法修習受けるわけねぇだろ。」
「分かってるよ!!そんなこと健ちゃんに言われなくても分かってる。でも一緒だった時間が長すぎたんだよ...。幼馴染がちょうどいい距離だから。」
「そうやっていつまで逃げんの?いつかはちゃんとしないと二人とも前に進めないぞ?」
前に進めない...。きっとあたしは蓮が好きだった。だからこっちの大学に進んだ。
そう、逃げるために。
あたしは、いつだって逃げてきた。
「健二郎、何やってんの??お前の仕事溜まってんぞ?小椋さん探してんぞ?」
遠くで聞こえた蓮の声はあたしにもちゃんと聞こえた。
たったそれだけの声で蓮に会いたくなった。何で朝起きた時にいてくれなかったの?何で昨日あんなことしたの?ちゃんと言葉で言ってくれないと分からないよ....
「蓮...。れんっ...。ごめっ..ね。」
いや、あたしが間違ってたんだ...。涙が止まらない。会いたくて会いたくて...
蓮の声が聞きたいよ...。
「みぃ、大丈夫か?俺、言いすぎたな...。」
「健二郎!!お前、ふざけんなよ!!みぃを傷つける奴は誰でも許さねぇ!!」
バキッっと音がした後、バリッとケータイが落ちたような音がした。
「俺はずっとみぃを守って生きてきた。これからだってあいつを傷つける奴は排除する!!だからお前を殴ったことは謝らない。あいつの為に弁護士にだってなるんだ!!」
「みぃはお前のために医者になるんだよ!!蓮、ちゃんとみぃに言葉で伝えろよ!!お前ら二人揃って逃げるな!俺だって謝らねぇよ。お前を傷害罪と器物損害罪で訴えるぞ。みぃも泣いてねぇでちゃんとこのバカに立ち向かえ!!」
その言葉を最後に通話は途切れてしまった...。
電話が途切れた時、あたしが家を出る日に真希ねぇからもらったリップがカタンと机から落ちた。
落ちたリップを眺めながらあの日のことを思い出した。
(女の子はね、どんな時でも綺麗にすると自信がついて心が晴れるの。)
あの時の真希ねぇの言葉は、今のあたしにとって力をくれるかもしれない。
そう思い、拾い上げて鏡を見た。
なんて酷い顔なんだろう...。
涙でぐちゃぐちゃで、なんて覇気がない顔。
こんな顔でも心が晴れるのだろうか?とリップを塗って見た。
大事に使ってきたリップは綺麗に発色し、顔色とは反比例するかのように鮮やかだった。
あたしは、無意識のうちに真希ねぇに電話をしていた。
「みぃ、久しぶりじゃん!どした?なんかあった??」
明るい真希ねぇの声が聞こえる。でも、声が出ない...何も言わないあたしに真希ねぇは優しく言った。
「辛かったらいつでも帰っておいで?みぃは昔から一人で頑張ろうとするから疲れちゃうよねぇ。もう自由になっていいんだよ?蓮に負い目なんて感じなくていい。みぃの事も足のことも蓮だってわかってるんだからね?」
さっきまで止まっていた涙が、蛇口をひねったかのように戻ってきた。
「真希ねぇ...あたし...また蓮の将来を...」
何を言ってるのか分からない状態のあたしの言葉を「うん。それで?」っと聞いてくれた。
「いつも、素直になれなくて...。わがままばっかりで、困らせてばかり...。
蓮が...有名になっちゃったから...もう、一緒にいちゃダメだって...」
「え?蓮が一緒にいられないって言ったの?」
「ちがっ...一緒にいたら、バレて...動画とか...写真とか取られて...。どうしよ、真希ねぇ...。」
「みぃは蓮が好き?家族とか友達とかじゃなくて、一人の男として。」
「
くされえんラバー 中原 みなみ @nkgw373
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。くされえんラバーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます