第3話 はなれてから気づくこと

 昨日はすごく楽しかった。久しぶりにみんな揃ってご飯食べて、たくさんのこと話して笑った。

明日から4月だ。世間では新学期、新年度の始まりだ。私にとっても、家族にとっても新しい日々の始まりだ。

そしてその新しい日々に向けて、今から私は生まれ育ったこの家を離れる。

パパとママとは入学式に来てくれるけれど、やっぱりこの場所ではない知らないところというのは心細い。でも、新しい出会いと経験がきっと私を大人にしてくれるだろう。財布と新幹線のチケットを入れたバッグを手に持って部屋を出た。するといつも通りリビングにいる真希ねぇと蓮が朝ごはんを食べていた。

惟人は朝早くに部活に出かけていなかった。キッチンを見るとママもいつも通りだった。きっと私が居なくても、この場所は何も変わらないんだろう。

 「ママ、もう行くね?真希ねぇも明日から社会人だね。お互い頑張ろうね。蓮も、ちゃんと学校行きなさいよ。留年したら指差して笑ってやるから!」

真希ねぇは明日から社会人として働き出す。第一志望の会社に内定をもらい、ヘアメイクさんになる。私にはよく分からないが、モデルさんや芸能人のヘアメイクをするらしい。昔から本当にカッコよく、センスがいい真希ねぇには天職なのかもしれない。

 「みいも忙しくてもちゃんとメイクしなさいよ?女の子はね、どんな時でも綺麗にすると自信がついて心が晴れるの。私が居ないからって手を抜かないこと。分かった?」

 「うん、分かった。真希ねぇみたいに出来なくても少しは気にするよ。」

 「じゃあこれ、持っていきな。」

真希ねぇがくれたのは、お気に入りのブランドの新作ルージュだった。

 「ありがとう。大事に使うね?」

もらったルージュをバッグにしまうと、蓮が意気揚々と声を荒げた。

 「みい、俺はお前が思ってるよりビッグな男になるんだから俺の心配するより自分の心配をしろよ。泣いて帰ってくるんじゃねーぞ!!」

 「はぁ?ビッグな男って何?ほんとバカじゃないの?ってか泣いて帰って来ないよ。最後まで失礼な奴なんだから...。」

 「バカはお前だろ?!最後って言うなよ...。もう、さっさと行けバカ。」

 「言われなくても行くわよ!バカ。」

そんなやりとりをしていると、家に居るはずのないパパが部屋から出て来た。

 「お前らほんとに素直じゃないな。俺からしたら二人ともバカだけどなぁ。」

そう言ったパパは笑っていた。

 「パパ?なんで居るの?!仕事は?」

 「今から行くよ。実惟奈、駅まで一緒に行こう。」

 「悠さんって結局、最強の親バカだよな。」

 「蓮はただのバカだけどな?」

そして私とパパが家を出た時、ママがお弁当を渡してくれた。

 「みい、ちゃんとご飯食べて、元気で頑張りなさい。食べることが生きること。お医者さんになるならまず自分の健康を気遣いなさい。あなたはやればできる子なんだから。」

そう言うママは私の頭を優しく撫でてくれた。

 「ありがとう、ママ。行ってきます。」

そして私はパパと一緒に駅に向かって歩き出したら蓮の大きな声が聞こえて来た。

 「実惟奈、気をつけて行けよ!!」

振り返って後ろを見たら手を大きく振ってこっちを見ていた。そんな蓮に手を振り返し、再び前を向いて歩き出した。私はその後、後ろを振り向くことは無かった。

 結局、パパは私が新幹線に私が乗るまで一緒にいてくれた。

別れ際、パパ愛用している万年筆をくれた。小さい頃からずっと欲しくてもくれなかったものだ。普段、言葉数が少ないパパだけど、それだけでパパの想いがわかった気がした。


 そして私は新開地の関西の地にたどり着いた。

今日からここが私の居場所になる。私が住むマンションは大学から近い学生マンションを浩二さんが探してくれた。荷物はすでに管理人さんが受け取ってくれている。

マンションに着き、管理人さんに挨拶して、鍵を受け取った。管理人さんは優しそうな中年のご夫婦だった。

管理人さんの話では、新入生は私以外に3人いるらしい。

私と同じフロアに1人と2階上に2人で、みんな昨日ここに着いているようだった。

とりあえず、これから6年間お世話になる自分の部屋に行こうとエレベーターに乗ろうとした時、一人の同じくらいの年齢の女の子が後ろからやって来た。

軽く会釈し、エレベーターに乗り込んで4階のボタンを押したら、一緒に乗った女の子が話しかけて来た。

 「もしかして今日来た4階の新入生さんですか?」

 「はい。そうです。」

 「私も!!二宮 優香。優香でいいよ?同じフロアだし、仲良くしようね。」

 「はい。あたしは橘 実惟奈です。よろしくお願いします。」

 「同期だし敬語やめよう?橘さんはいつもなんて呼ばれてるの?」

 「えっと、あたしはみいって呼ばれてた。」

 「じゃあ私もみいって呼んでいい?」

 「うん、いいよ。」

最初からフレンドリーに話しかけてくれた女の子、二宮優香。きっとムードメーカーで天真爛漫な笑顔を向ける優香の存在に、気づかないうちに緊張していた私の心をほぐしてくれた気がした。

そして、少し話をしているうちに4階についた。

私の部屋は、エレベータから降りて一番遠い角の部屋だ。

一緒に降りた優香はまさかの隣の部屋だった。

 「私の隣の部屋だったんだね!!後でみんな連れて遊びに行っていい?」

 「いいけど、もうすぐ電気屋さん来るし荷物片付けなきゃ。」

 「そっかぁ。じゃあ夜、あたしの部屋に来て!!初めての同期会しようよ。後二人いるんだけどいいやつなんだよ?!ってことで連絡先教えて?」

そしてスマホを取り出す優香につられて私も出してしまった。連絡先を交換して、お互いの部屋に入ろうとした時、優香の去り際の捨て台詞にギョッとした。

 「あっ!!二人とも男子だから。」

その言葉を残して彼女は部屋に入って行った。


 それから私も部屋に入って、荷ほどきをしながら電化製品を持って来てくれる業者さんを待っていたら電話が鳴った。誰からかも確認せずに、とりあえず出てみたら蓮だった。

 「お前ちゃんと着いたの?」

 「うん。着いたよ?」

 「だったら連絡くらいしろよバカ。みんな心配するだろ?!」

 「ごめん。なんかバタバタしちゃって。」

 「まぁ何も無かったんだったらいいよ。ちゃんと荷物片付けろよ。」

 「わかってるよ。これから電気屋さん来るし、ちゃんとクローゼットに直しました。思ったんだけど、今日私どうやって寝るの?家具届くの明日なんだけど...。」

 「え?お前、なんで今日じゃないの?もしかして何もねぇの?」

 「うん。ママと一緒に買いに行ったんだけど、明日の午前中になってる。服とか本とか直せないからダンボールから出してクローゼットに入れたんだけど、棚とか布団さえないんだけど...。」

 「はぁ?お前バカすぎない?!晶ちゃんも天然炸裂だな。二人揃って何やってんの!!どうすんだよ?」

 「どうしよう...。とりあえず優香に相談しようかな...。」

 「え?優香って誰?」

蓮がそう言った時にインターホンが鳴った。出ると、電気屋さんだった。

 「蓮、切るよ!!電気屋さん来たから。」

そして一方的に電話を切り、電化製品をセットしてもらった。全てが終わったのはもう夕方を過ぎ、夜になろうとしていた。


 そして少し休憩しようかと思った矢先、優香から連絡が入った。

「早くおいで」とこれだけだった。とりあえず行こうとスマホと財布だけを持って部屋を出た。

優香の部屋には隣だけあってすぐに着く。ノックをしたらすぐに彼女は出て来てくれた。中を見てみたら、彼女の部屋はすでに綺麗に片付けられていて、きちんと部屋が出来上がっていた。同じ間取りなのに今の私の部屋とは大違いだ。

中に入ると、同期と思われる男子2人がすでにいた。

 「橘 実惟奈ちゃん?初めまして。七瀬 拓巳です。拓巳でいいよ?ちなみに経済学部。よろしくね。」

 「初めまして、是枝 健二郎です。健二郎って長いから健でいいよ。俺は法学部。よろしく。」

私のことを知ってたことに驚いて、優香の方を見たら笑いながら話し出した。

 「さっき二人が来た時に言っちゃった。みいの事。そういえば学部ってどこ?私は教育学部。」

 「えっと、医学部。」

3人とも急に静かになってしまった。なんで?この空気どうしよう...。と思っていると拓巳くんが打ち破ってくれた。

 「実惟奈ちゃん、医者になりたいんだ。なんかいいよね女医さんって。」

 「なんとなく分かる気がするけど...。みいみたいな子だと特にね。」

 「拓巳も優香もやめとけって。実惟奈ちゃん驚いてんじゃん。」

 「あぁ、違う違う!!みいって顔立ちはっきりして大人っぽいから。私みたいな薄い顔じゃ普通だけど、ねぇ?拓巳?!」

 「そうそう!!優香だったらふーんって感じだけど、実惟奈ちゃんだったら俺ちょっと患者になりたいわ。」

昔から私は、顔が濃いと言われ続けていた。はっきりとした目鼻立ちと言えば聞こえはいいが、ただ黙っているだけで怒ってるの?と聞かれたり、恐いと言われたり、ひどい時には日本人?っと聞かれたり、正直少しコンプレックスだ。

蓮にも、ただでさえ目立つんだから笑えとよく注意された。だから今、ちょっと傷ついたかも...。

 「お前らいい加減にしとけよ。実惟奈ちゃんショック受けてんぞ?!これから4人で頑張って行こうって時に...。」

 「そうだ。そうだよ!やめよう!!みいごめんね?でもね、私はいいと思う。羨ましいよ?」

 結局、優香と拓巳くんが話題を変えて、話出した。家族のことや、友達のこと、学校のこと、将来の夢。くだらないことから真面目な話までたくさん話した。

優香は、思った通り明るい女の子で、ムードメーカーだ。会話を回し、みんなの話を引き出すことが上手。教職に向いていると思う。

拓巳くんは、お調子者で話すことが面白い。冗談もよく言うけれどなんだかんだみんなの感情に敏感だ。将来は家業の七瀬ホールディングスという会社を継ぐらしい。私でも、なんとなくだけど聞いたことのあるくらい大きな総合商社だ。

健ちゃんは、誠実で真面目を絵に描いたような人だ。きっと自分にとても厳しくても他の人にはとても優しい人なんだろう。優香や拓巳くんのスットパー的な存在で、二人の手綱を握るのはきっと彼だ。将来は検事になりたいそうだ。被害者に寄り添い力になりたいと語る健ちゃんを尊敬した。

容姿で言うと、優香はショートボブの黒髪で、身長は私よりも少し高い。

きっと165㎝くらいだろう。私はギリギリ160㎝に満たなかったから。

表情は柔らかく、可愛い系できっとよくモテそうだ。

拓巳くんは茶髪で、緩くパーマまでかけていて、いかにもチャラいんだろうなぁという印象を持った。身長は蓮より低い175㎝くらいだろう。

健ちゃんは、内面同様、黒髪の短髪で爽やかだけど、少し目が細いからか、少し近寄りがたい。けれど、偶に見せる笑顔のときは、その目が弧を描き可愛いなぁと思った。背も高く、蓮と同じくらいの180㎝はあるだろう。

そんなことを考えていると、飲み物が無くなり、ジャンケンに負けた人が買いに行くことになった。そして、私が負けてしまった...。

コンビニに行こうと席を立つと、1番に勝った健ちゃんも立ち上がった。

知らないところで一人で行くのは危ないからとついて来てくれた。

見かけによらずどこまでも優しい健ちゃんだ。

二人で買い物をして、レジを出ようとした時、おもむろに私の携帯が音を立てた。健ちゃんに断りを入れて電話に出れば、相手は蓮だった。

「なんで掛け直さないわけ?!あんな一方的に電話切ったら普通掛け直すだろ!」

第一声から怒っている蓮に、何をそんなに怒ってるの?と尋ねると盛大にため息をつかれた。隣にいる健ちゃんが小さな声で大丈夫?と気にかけてくれた。

その声が聞こえていたのか、蓮が再び続けた。

「お前今、誰と何してるの?」

尋問みたいに聞いてくる蓮に、少し腹が立った。

「そんなの関係ないでしょ?なんなの?!あたしはちゃんと大丈夫だから。ほっといてよ。ママとパパにはちゃんと連絡するから!!」

そう言って再び電話を切ってしまった。

そんな私を心配そうに見つめる健ちゃんにごめんねと謝ってマンションに向かって歩き出した。

その後は、蓮がなぜ怒っているのかも考えず、優香の部屋に帰って再びみんなで話をして、気がつけば4人とも優香の部屋で眠っていた。

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