私の幼馴染が女装でハリウッドデビューした理由

あやぺん

私の幼馴染が女装でハリウッドデビューした理由

 幼馴染の佐藤修平こと、修ちゃんがついにハリウッドデビューするらしい。


端役ではない、毎日宣伝される映画内容、街中に貼られたポスター、映画のCM、その中心。


ど真ん中。


それを知ったのは本人の口からではなく大学で仲良くなった友人の絵里ちゃんからだった。


「ねえ美緒このバドン監督の最新作観たい!公開されたら観に行こう。」


 絵里ちゃんがスマホの画面を私に見せた。


「フランケンシュタインの花嫁。」


私は絵里ちゃんが見せたスマホの画面に映された映画ポスターのタイトルを読み上げた。


ネジや釘の刺さった亜麻色で巻髪の美少女。肌は土色と鉛色と暗い灰色の特殊メイク。顔には斜めに縫い目が走っている。黒いアイシャドウに長いつけまつげ。唇は血のように赤い。服は蜘蛛の巣のような白いレースのついた漆黒のドレス。


映画のタイトルである【フランケンシュタインの花嫁】だろう。


それはメイクを差し引くと、まぎれもなく幼馴染である修ちゃんの顔だった。


私はあんぐり口を開けて固まった。


「オーディションで大抜擢の謎の美少女だって。気になるね。」


 フリーズした私に気が付かないまま絵里ちゃんが映画ポスターを眺める。私は横から覗きこんで映画ポスターをよく確認した。


 【バドン監督最新作】修ちゃんも好きな奇妙なキャラクターを話のメインにする有名監督。


 【それは愛】キャッチコピーから推測すると化物でも愛せるか、そういう純愛ものだろうか?


 【主演男優:レナード・ディオン】 超有名実力派イケメン俳優。


 【主演女優:  X  】……。やっぱりどう見ても修ちゃんじゃん。


「主演女優X。」


「どうしたの美緒?」


混乱で絵里ちゃんの問いかけに答えられない。これ私の幼馴染だよと自慢しても良いし、楽しみだねと濁しても良い。なにせ私は何も聞いていない。正体を黙っているように頼まれていない。


修ちゃんから何一つ聞いていない。


一昨日の夜に届いたメールは一言「久々に寿司食った。」


朝返信したのは「良かったね。アメリカのお寿司って日本と同じ?」


数日に一回ペースで戻ってくる修ちゃんからのメール。その後まだ返信はない。   


幼い頃からSF映画やファンタジー映画が大好きで、出演したいと努力し、目指すはハリウッドだとついに高卒でアメリカへと旅立った修ちゃん。もうすぐ1年になる。


留学して半年もしない頃、有名海賊映画のちょい役を掴めるかもとメールが来た。


その後名前のある脇役にオーディションで合格したと教えてくれた。


 珍しく長々とした文章で返信も早かった。よっぽど嬉しかったのだろう。


それがどうしてこうなった?


「美緒どうしたの?」


再び絵里ちゃんから聞かれて、私はひとまず確認を取りたいと胸の中で呟いて、しどろもどろに声を出した。


「えっと……私今日早く帰らないとだったから!この映画観に行こうね!」


私は急いで駅へ向かいながら修ちゃんのお母さんに電話をかけた。


 全然でないのでそのまま電車に乗ってそわそわしながら修ちゃんの実家へ向かった。




***




鼻歌交じりに修ちゃんのお母さんがきらりと目を輝かせた。それから背中から額に入った映画のポスターを私に差し出した。悪戯っぽい笑顔が修ちゃんそっくりだ。いや母親だから修ちゃんが似たのか。


「美緒ちゃん。修からのサプライズよ!」


「えっとそのこれ。」


ポスターには見慣れた少し汚い字で【美緒へ】と書いてあった。緒の字の日のところが目になっている。ちょっと間抜けな修ちゃんらしい書き間違えに思わず笑ってしまった。


「いきなり送られてきたのよ。それもこれだけ。驚いて修に電話したの。そしたらこの作品でデビューですって。あの子映画の情報が出るまで黙ってたのよ。守秘義務とかかしら?それすら教えてくれなかったけど。」


「修ちゃん何か他に言ってた?」


「公開時期か被っっていて海賊映画は無しになったって。あんまり残念そうじゃなかったわ。修のデビュー作公開まであと半年だから楽しみね。」


「他には?」


「美緒が来たら渡してって。母親には何もないのよ!」


不満そうな表情でおばちゃんがソファに座った。でもどことなく愉快そうなのは何故なのだろう?


「おばちゃん。修ちゃん何で女装なの?」


「さあ?私に似て可愛いからかしら。」


歳を重ねても美少女の面影が消えないおばちゃんがウインクした。3人の子供を産み末っ子ももうすぐ成人するというにに母親にすら見えない若々しく美しいおばちゃん。この遺伝子を受け継いだ修ちゃんの女装姿が美しいのは当然だ。


 普通にしてても女に間違われてきた修ちゃん。


 口癖は「俺は男だ。ふざけるな。」


 同性から告白されて激怒し、ストーカーされて激怒し、友人達にけしかけられて遊び半分の女装姿で男を口説き落とすなんてことをしておきながら相手には見抜けと激怒する。


 つまり女に間違われるのも、女装も大嫌い。


 そんな修ちゃんが望んで女装でハリウッドデビューするとは思えなかった。


「いつかはと思っていたけど、有名監督の作品で主演デビューなんて凄いわよね。帰国したら盛大にお祝いしなくちゃ!美緒ちゃんも呼ぶからね。」


 満面の笑みを浮かべてからおばちゃんが私を抱きしめた。嬉しいよりも不可解が先行してうまく喜べない。




***




幼稚園のお遊戯会で主役に選ばれた修ちゃんは演じる事の楽しさを知ったらしい。


 そして小学校一年生の時。私の父親と私と修ちゃんの3人で観に行ったSF大作に大感動した修ちゃん。以後常々映画俳優、それもハリウッドスターになると言ってはばからなかった。 自分もあんな風にスクリーンに映るのだと宣言した。


それからの修ちゃんは夢に猪突猛進。


必要だからと小学生のうちから語学に励んだ。中学1年生の時点で高校生の内容を勉強していたし英語以外の授業は教科書を翻訳して臨んでいた。ELTの先生、近所の留学生をつかまえてヒアリングもリスニングも猛学習。クオーターの修ちゃんは自分の祖母からフランス語も教わってる。今はイタリア語と中国語にまで手を出している。


  演技力はどうするのか?修ちゃんは考え抜いて色々していた。芸能人の物真似、映画のシーンの再現、鏡を使って表情の把握など。私はその確認係をさせられた。面白い時もあったし、他の事をして遊びたいこともあった。でも真剣な修ちゃんを見ているのは元気が出るし、何でも一生懸命な所に色々と励まされた。


 高校生になると毎週キーワードを決めて学内ではそのキーワード通りに演じるという奇想天外な手段に出た。持ち前の愛嬌と自身満々で横柄な態度でクラスメートを巻き込んで、それはもう楽しい高校生活だった。


 可愛い修ちゃんはちょこちょこ女装をさせられて初めはノリノリで初恋ハンターをして遊んでいたけれど、そのうち嫌気がさして女装を嫌うようになった。


 女らしい場所には一切出かけてくれなくなった。修ちゃんは兄弟がいるけど私は一人っ子。修ちゃんとは姉妹みたいで楽しかったのにつまらない。

愛くるしい容姿の女の子みたいな修ちゃんはたびたび芸能界へスカウトされたが全部断っていた。



 そんな感じの、へんてこだけど奇想天外で一途で可愛い修ちゃんは私の自慢の幼馴染。


 デビューはハリウッド。目指すはハリウッドスターと固く決意し続け、1年前に修ちゃんは有言実行!とつてを頼ってアメリカへと旅立っていった。



 それにしてもやっぱり不思議、どうして嫌いになった女装でデビューするのだろう? 




***



 ポスターを貰った次の日、私は早起きして修ちゃんにメールを打った。撮影中でカルフォルニアではないかもしれないけれど、アメリカならどこにいてもまだ寝る前の時間の筈だ。アメリカ以外でロケという事もあり得るのかもしれないけれど。


「おめでとう修ちゃん。ポスターありがとう。」


大学に行く支度をして朝食を食べ終わるともうすでに返信があった。


「まあな。」


そっけない文に面食らう。海賊映画出演が決まった時はもっと色々あったじゃない。


「友達と2人で観に行くよ。楽しみ。どうして女装なの?」


その後待てど暮らせど修ちゃんから返信は無かった。


たまに何でもないメールを打って送信しても無反応。病気でもしたのかと修ちゃんのお母さんや兄弟に聞いたら皆連絡をとっていた。そう、私は無視されていた。


 苛々したし腹も立った。何故無視されているのかその理由が分からなくて私は毎日修ちゃんがくれたポスターを睨みつけた。


 毎日宣伝される映画内容、街中に貼られたポスター、映画のCM、その中心。


ど真ん中。


 あらゆるところで修ちゃんをみかける。まるで別人みたいな知らない人の顔で、無表情で私をみる。苛立ちは消えていき心底悲しくなっていった。


 2か月経過して、私は修ちゃんの家族にそれとなく私を無視しているのか?と聞いてもらうことにした。


 修ちゃんの反応が読めなくて、国際電話をかける勇気はなかった。


 遠慮がちに修ちゃんのお母さんが「家族とは違うから。忙しいんだ。」と修ちゃんの言葉を教えてくれた。


 その言葉に衝撃を受けた。


 だって私と修ちゃんは兄妹同然、または姉妹みたいに育ったのだ。


 突如突き付けられた事実に私は打ちのめされた。


 さらに時間は過ぎてフランケンシュタインの花嫁公開まであと1か月になった。



***



 修ちゃんがアメリカに旅立った日。空港でみんなで見送った日。


「薄情だな美緒。お前だけ全然寂しそうじゃない。」


 不貞腐れたように修ちゃんが私の鼻を指で押した。正確には豚みたいに下から押した。照れくさかったり緊張してると私をからかう修ちゃんの迷惑行為。修ちゃんのお母さんも私のお母さんも号泣しているし、お互いのお父さんもしんみりしている。一緒に見送りに来たクラスメートも似たり寄ったり。


 なのにこれ。


「やめてよ。」


「まったくブスだな。」


 顔を振って修ちゃんの手を払いのける。顔を戻すと正面にある修ちゃんの亜麻色の瞳は潤んでいた。寂しがり屋でいつも私を連れまわした修ちゃんが、世話をしてくれる人がいても見知ぬ土地へ旅立つ。長年の決意でも不安なのは当たり前だ。


「私がいなくても頑張るんだよ。」


「ふざけるな。むしろせいせいするね。」


「あまのじゃく。」


 悪態をつきながら益々涙を浮かべている修ちゃんはいじらしくも可愛かった。


「自分を信じるで自信でしょう。」


「最悪。美緒なんかに励まされるとかありえない。」


 吐くようなジェスチャーをすると修ちゃんは髪を弄んだ。緊張していると出る修ちゃんのもう一つの癖。


「俺さデビューするまで帰って来ないわ。」


「楽しみにしてるよ。」


 私はちっとも寂しくなかった。実感がなかったからではない。寂しがり屋の修ちゃんは今までの努力みたいに頑張ってあっという間にデビューを掴みとる。デビューが決まれば一緒に喜び、公開のその日まで共に楽しみにする。離れていても修ちゃんはそうやって私と共にいる。


「その澄ました顔絶対崩してやる。」


 憎まれ口を叩いて搭乗ゲートへと向かった修ちゃんの横顔に涙か一筋流れた。私は目一杯手を振って心の中で何度も頑張れ、頑張れと応援の言葉を投げた。


 修ちゃんがアメリカに旅立った日。空港でみんなで見送った日。


 私の態度で修ちゃんは傷ついたのかもしれない。


 突き放されて思い至る。


 もっと別の言葉を送ってあげればよかったのかな?どうして家族じゃないなんて言うの?楽しみにしていた海賊映画はどうなったの?どうして大嫌いな女装でデビューを決めたの?いつ主演女優に選ばれたの?


 私はやっと泣いた。


 寂しい。


 寂しいよ修ちゃん。




***




 トントンと扉をノックする音がして私は目を覚ました。泣いたまま眠っていたらしい。見上げると学習机に置いてある目覚まし時計が真夜中を告げようとしていた。


「美緒?」


 母の声に私は慌てて目元と頬に涙が残ってないか確認した。掌と指でこすってももう渇いていた。


「お母さん何?」


 扉を開けるとお母さんが青い封筒を持って微笑んでいた。


「修平君からエアメールよ。」


「修ちゃんから?」


 差し出された封筒を受け取る。お母さんが私の頭を撫でた。それから良かったわねと言うように微笑を浮かべて背を向けた。散々修ちゃんに対する不平不満を聞かされていた母はいつもそのうち連絡があるわよと慰めてくれた。私の寂しさに、私以上には早く気が付いていたのかもしれない。


 私は手元の青い封筒を急いで指で千切った。鋏を出す時間も惜しくて急いだせいで、焦りのせいでかえって時間がかかった。


 無残な開封をされた青い封筒の中には白い封筒と黒い封筒が入っていた。白い封筒には先に黒い封筒と大きく書かれている。


 Frankenstein is me


黒い封筒に真っ赤な印字。その横に赤い薔薇も印刷されていた。


封筒をひっくり返すと白い薔薇のシールが貼ってあった。今度はそうっと開いた。破れないように丁寧に封筒を開ける。中身はフランケンシュタインの花嫁のポストカードが2枚だった。もしやと思ってポストカードを裏返す。


 【舞台挨拶付きプレミア試写会 ご招待状】


 日付は明日だ。私は全部持ったまま部屋を飛び出してリビングへ向かった。談笑していた両親が私を見て目を丸くした。それから大きく笑いだした。


「知ってたの?お父さんもお母さんも!」


 お母さんはくすくすと、お父さんは腹を抱えてゲラゲラと大笑い。


「エアメールは2通だ。それも先月届いた。」


 お父さんが高らかに青い封筒を掲げた。私が慌てて両親の元へ来るのを予想して準備していたようだ。


「修平君も立派になったね。字はまだ汚いけどきちんとした感謝の手紙だった。それに貴重な招待状もね。」


 中身が見えるようにお父さんが青い封筒から折りたたまれた手紙とポストカード2枚を引き出した。どうしてだか私が受け取った黒い封筒は無かった。


「もう明日だよ試写会!バイトとか用事があったらどうしてたの?なんで黙ってたの?酷い!」


 両親が顔を見合わせて肩を竦めた。それからまたくすくすと笑いだした。多分、いや絶対にお父さん達も佐藤家の面々もグルで全部修ちゃんの計画だ。途切れた連絡もこれも全て修ちゃんの意地悪、あの空港での別れ方への復讐に違いない。


「美緒、中身は全部見たの?」


 母親に聞かれて私は手元の封筒に視線を落とした。


「まだ。」


 ほらと言わんばかりに両親が目で促す。私は白い封筒を開けた。中身は真っ白なメッセージカードだった。


「大分前に今日の予定を決めたでしょう?ほら美緒が大学ですごく仲良くしてる絵里ちゃん。一人暮らしのあの子。ランチへ招いたじゃない。修平君の映画一緒に観に行くって言っていた子。」


 お母さんに言われて明日が何の日なのか思い出す。


 突然の出来事に吹き飛んでいた一年に一度の特別な日。


―美緒 誕生日おめでとう。


 メッセージカードにはたったそれだけ書いてあった。おまけにまた私の名前を間違えている。修ちゃんの奴私の漢字を勘違いしているのかもしれない。


 安堵と悔しさと嬉しさがごちゃ混ぜになって大粒の涙が零れた。


 時計の針はとっくに真夜中を過ぎていた。




***




 プレミアム試写会当日


 私の席は映画館のど真ん中だった。映画が良く見える、そして舞台挨拶に登場する修ちゃんも遠くない特等席。そうでなくても分かる。なぜなら映画館の客席には演出として白と赤のどちらかの薔薇が置かれていたのだが、私の席には白も赤も2本両方置いてあった。修ちゃんらしくないけれどきっとわざとだ。



 映画が始まった。



死者蘇生を夢見る科学者と元捨て猫。


恩人の孤独をうめる為に奮闘していてる努力家でけなげな猫


 猫はある日、科学者の研究所で保存されていた科学者の恋人の遺体と共に雷に打たれてしまう。


暗い照明で見えなかった科学者の恋人に徐々に光が当たる。


 神々しい演出の中で醜い化物が起き上がった。


 散々宣伝されたフランケンシュタインが動き出す。


 修ちゃんの初台詞は切なく小さい猫の鳴き声だった。


 どうやらフランケンシュタインは猫らしい。


 修ちゃんのスクリーンデビューに私は涙ぐんだ。


 フランケンシュタインはあちこちを歩き回る。


 ぎこちない動き出し、おっかなびっくりの最初の歩行、上手に二足歩行できなくて倒れる様子、猫っぽいしぐさ、徐々に不安が解けていく雰囲気、そして何より鏡で姿を確認した時の幸福に満ちた表情。


 これまで予告でも無表情な直立姿勢しか披露されていなかったフランケンシュタインの予想外の愛くるしさ。


 私は修ちゃんの演技に釘付けになった。


 もう画面の向こうの人物は修ちゃんではなくフランケンシュタインにしか感じられなかった。 


亡くなった恋人の顔をしたフランケンシュタインと対面して驚愕する科学者。


 科学者は中途半端に蘇ったフランケンシュタインの恋人を中々受け入れられない。


生前の恋人とフランケンシュタインが交互に描かれる。


 音楽に合わせてコミカルに違いが強調される。


 科学者がフランケンシュタインに徐々に心を開いていく。


 レナード・ディオンの演技は流石のもので。イケメン俳優のなかでも実力は頭2つは飛びぬけていると言われる飛ぶ鳥を落とす勢いの大スター。


 フランケンシュタインを恐れながらも徐々に惹かれて恋に落ちていくのを全身で表現している。


 フランケンシュタインが、猫がけなげに元気づけようとした好青年を好演。


 でも修ちゃんも見劣りしない。


 生きていたころの恋人とフランケンシュタインの一人二役。性格がまるで違う二人をきちんと演じ分けている。


 贔屓目だけど修ちゃんが、フランケンシュタインが主役だ。


 科学者が美しい薔薇が咲き誇る庭園で2輪手折ってフランケンシュタインに差し出した。


 白い薔薇と赤い薔薇を受け取るフランケンシュタイン。


「もう1度恋に落ちた。結婚しよう。」


科学者はフランケンシュタインを花嫁に望んだ。


不気味な顔で嬉しそうにはにかむフランケンシュタイン。


科学者の気がふれたと反対する同僚たち。


 しかし恋人を亡くして全く見なくなった科学者の幸せそうな笑顔に気がそがれていく。


 愛嬌たっぷりのフランケンシュタインに魅了されていく。


かつて死が2人を、科学者と恋人を断絶して行われなかった結婚式。


薔薇園の中の質素なチャペルで向かい合う科学者とフランケンシュタイン。


 どうみても化物なのに純白のウェディングドレスに包まれたフランケンシュタインは、修ちゃんは美しく可憐だった。


科学者がフランケンシュタインのヴェールをあげる。


2人がそっと唇を寄せ合った。


愛が奇跡をおこした。死を乗り越えて再び愛を手に入れた二人に祝福を。


 祝福の嵐。







 私はここで首を傾げた。


 フランケンシュタインは猫だ。死んだ恋人ではない。


 でもそうだ、科学者も同僚達も誰も知らない。






不吉を予感させるように画面が暗くなる。


 ラブストーリーの締めくくりに相応しい、儚くも綺麗な光景が、雑音とともに歪んだ。


チャペルに悲鳴が轟く。


科学者に噛みつくように口づけをしたフランケンシュタイン。


 いやフランケンシュタインの中から出てきた猫が科学者の頭をそのまま喰らい尽くす。


鮮血で染められたドレス姿の虚ろなフランケンシュタイン。


 その前に猫の頭をした男が現れた。


いや体は科学者なのだろう。鮮やかな血に染まった花婿の衣装。


 猫は科学者を慰め、化物になっても献身的に尽くしていた。


 それがいったい何故?


「ずっと慕っていたよ。やっと手に入った。僕の花嫁。」


ぼんやりとして虚ろな目をした花嫁は猫男に手を引かれて去っていく。


 抜け殻のような花嫁。


 もうフランケンシュタインではないのだろう。


 歩くことが出来ない人形のような元フランケンシュタインが。猫にお姫様抱っこされて薔薇園へと消えていく。


生前、科学者の恋人が捨てられた子猫を拾い抱きしめるシーンで映画が終わった。


 科学者の恋人が女神のような満面の笑みを浮かべた。


 フェードアウト。



 【フランケンシュタインの花嫁】

 【Bride of Frankenstein】


 絵里ちゃんが結婚式のシーンで号泣していたのに、今は凍りついた顔つきでエンドロールを見つめている。


私も同じだった。


 放心してしまいエンドロールの大事な所を見逃すところだった。


 shu  Frankenstein


 涙が止まっている観客達。でも私はクレジットの一番先頭に修ちゃんの俳優名を確認して泣いた。延々と涙が溢れて、零れ落ちた。


 隠されてきた謎の女優 X の正体がこの後の舞台挨拶で明かされる。


 招待状にはバドン監督、レナード・ディオン、X の表記がされていた。


 アメリカ本土よりも先に日本で行われたプレミア試写会の理由。


 よっぽどの理由がないとそんなことはありえない。


 自分を信じた修ちゃんは役で実力を見せつけて出身国でのプレミア試写会をもぎ取った。


 話題性作りや宣伝戦略も追い風となり、あらゆる幸運の女神が修ちゃんに微笑んだのだ。


 きっとそうだ。


 背丈が低くレナード・ディオンと男としては張り合えない修ちゃんは、まずはコンプレックスだった容姿を武器に見事にのし上がるつもりだ。


  



***




 試写会の後に行われた舞台挨拶。


 まずバドン監督が登場した。作品に対する賛辞の拍手が巻き起こる。奇才は漆黒のシルクハットにマントという奇抜な格好で現れた。白髪交じりの髪は四方八方に伸び放題。長く伸びた巻髭もボサボサだ。


「ニュースとかで観て毎回思うけどやっぱり変人だね。」


 絵里ちゃんが私に耳打ちした。


 監督が次に呼んだのはレナードの名前だった。爽やかに手を挙げて登場したのは純白のタキシードに身を包むレナード・ディオン。バドン監督とレナードが抱擁を交わした。黄色い声援を受けたレナードがバドン監督の隣で柔かに手を振る。


 この順は、修ちゃんがメイン。


 私は尋常じゃない程掌に汗をかいていた。祈るように両手を組んで強く握りしめる。


 バドン監督がshuと名前を呼んだ。


 ついに新人女優 X こと shu のお披露目。


「大丈夫美緒?」


 無言で涙を流し続けている私に、絵里ちゃんがハンカチを差し出してくれた。でも緊張で固まった私の指は動かない。まだ絵里ちゃんには教えていなかった秘密を私は震える唇で口にした。


「これから私の幼馴染が出てくるの。」


 前の席に並ぶ修ちゃんの家族と私の両親も泣いている。私達のところだけすすり泣きが響いて周囲の観客から注目を浴びている。絵里ちゃんも疑問符を浮かべて首を傾けた。それから私の名前を呼んだ。


「美緒どういう―……。」


 絵里ちゃんが絶句した。


 次の瞬間盛大な拍手が割れんばかりの音を立てて響……かなかった。


 映画館を包んだのは巨大などよめきだった。


 深紅のタキシードに身を包み颯爽と現れたのはすらりと背の高い、体つきも逞しい男だった。


 亜麻色の短い髪に同じ色の瞳。眉毛は凛々しい一文字。私の知らない修ちゃんがそこにいた。 


隣のレナード・ディオンにも全く見劣りしない整った顔の男。


 呆然としている私達を置き去りにして舞台挨拶が始まった。




***




 舞台上で行われる新人女優 X 改め shu 本名佐藤修平の質疑応答に私はまるで夢を見ているようだと頬をすねった。


 痛い。


「昔からよく女の子に間違われていました。フランケンシュタインンの花嫁のオーディションにも容姿で声を掛けていただいて。ええ、そうです女性と間違えられて。合格後に男だって話をしたんですよ。シンデレラガールがシンデレラボーイなら面白いだろうってことでこの試写会まで僕の正体は秘密になっていました。」


修ちゃんが時折私に向ける視線が表情が、悪戯っぽく笑っている。私は多分目を白黒させている。1年半会えなかった修ちゃんはまるで別人のようになってしまったのに、話し方も表情も修ちゃんだ。


 こんなの予想していなかった。


「遅れてきた成長期に合わせてなかなかつかない筋肉をつけましたよ。見た目を立派な男にして観客を驚愕させたかったですから。でもフランケンシュタインはもう二度と演じられないかもしれませんね。」


 確かにもうあの可憐で愛らしい化物はもう永遠にスクリーンの中から出てこれない。

 蛹の羽化を楽しみにしていたら可憐な蝶ではなく、カブトムシだった。それくらい修ちゃんも変わってしまって、もう二度と彼を女と間違えることはないだろう。


 バドン監督とレナードと修ちゃんの3人で作品のコンセプトや苦労話が続く。時折修ちゃんが私に視線を向けた。知らない男の顔に私は目線を上手く合わせられない。


「コンセプトは愛という事でこの作品の象徴は薔薇です。紅白は対になって新しい意味を持つ。知らない方は是非調べてもらいたい。」


 レナードがコメントすると観客席からちらほら青白い光がちらついた。絵里ちゃんも鞄からスマホを取り出した。


「今日この客席にも薔薇が配られましたね。」


 バドン監督が一瞬私を見た気がした。この席にだけ置いてあった2色の薔薇について知っているのかもしれない。


「運命って面白いですよね。この作品は予定以上に順調に完成しました。それでプレミア試写会の日程を少し早めることが可能になった。shuにとって特別な日に間に合うってことでスタッフ一同彼の強運に驚かされましたよ。それでいっそ本国よりも日本でプレミア試写会をっていう雰囲気になりました。」


 茶目っ気たっぷりにレナードが修ちゃんの肩を叩いた。一瞬だけ見覚えのある不貞腐れた表情を浮かべたが修ちゃんはすぐに爽やかに微笑した。


「僕の想像以上にShuは怪演してくれて大変満足したからご褒美の意味も込めてます。何度も何度も演技解釈や果ては脚本にまで意見して最後には台詞を追加させられた。僕と彼はたった一言を加える加えない、どんな台詞が相応しいか相応しくないかで3日間も大議論したよ。」


 バドン監督に軽く会釈すると修ちゃんが真っ直ぐ私を見つめた。自惚れではない、甘い色をした瞳が絶対に私を捕えている。


「僕の役の台詞ではないですけど、映画の最後の台詞です。監督に頼んで付け足してもらったんです。【ずっと慕ってた】あれが最後のシーンに上手くリンクしたと褒めてもらいました。」


修ちゃんは前髪を指で弄りながら喋った。たった一言の時だけ私から目を離さずに。


それから修ちゃんはまたニヤリと微笑んだ。余裕たっぷりで自信に漲っている。


 最後に会った女の子みたいな修ちゃんが残した台詞が耳の奥に蘇った。


「その澄ました顔絶対崩してやる。」


絵里ちゃんが私にスマホの画面を見せた。


薔薇の花言葉一覧。組み合わせによる理由。


幼馴染の一生に一度の華々しいデビュー。


修ちゃんはそこに秘密を込めた。


これは私に対する挑戦状。


意識しろと言わんばかりの変貌。


映画をそれも出演作品を使った盛大な告白。


そのすべてが修ちゃんからの今日成人したばかりの私に対する贈り物。




それが……私の幼馴染が女装でハリウッドデビューした秘密の理由

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