天界の向こう側へ

 この世界は海で出来ていた。その証拠に空を見あげれば海が見える。そして、陸の果てにも海がある。

 僕にとってそれは好奇心の対象であった。しかし、大人達は口を揃えて言うのだ。天にある海、──天海てんかいに手を出してはならないと。


 この大陸から出なければ、どこにでもある、ありきたりで平和な人生を送ることが出来る。けれど、僕はその世界に居たいとは思わなかった。その世界は僕にとっては窮屈で、退屈だ。

 だから、僕はこう思う。天海の向こう側には何があるのだろうか? 陸の果てにある海、──光海こうかいはなぜ光るのだろうか?と。しかし、その答えを知るものは誰一人として存在しなかった。皆、口を揃えて知らないと言うのだ。


 かつては僕と同じような思考回路を持ち、挑戦した人が居たという。だが、帰ってきた者は居なかったのだ。それを聞いても僕は、好奇心を優先した。恐怖や不安よりも知的好奇心を擽られたからだ。


 そんな僕と同じ考えの子供は他にも居た。この世界の謎を探究する仲間。幼い僕達は小さな約束をする。大人になったら船を買い、あの天海の向こう側に行き、この世界の謎を解くと。

 もっともっと広い世界を見て回りたいと小さな僕は未来の僕に可能性と夢を託した。


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 大人になった僕は子供の頃の野望を捨てずに持っていた。それを誰かに話すと鼻で笑い飛ばされ、不可能だと罵られる。一度は挫折しかけた。無理なんだと。けれど、そんな時いつも、思い出すのだ、あの頃に交わした小さな約束を。もしかしたら他の人も約束を覚えているんじゃないのか? 僕だけが立ち止まっていいのかと自分で自分を励まし、もう一度立ち上がる。


 そんな夢を叶える日がついにやってきた。

 約束を交わした時よりも人数が少ないが、予想よりも人がいることに感動し、ついに大きな船を出す。


 結果を言えば、失敗した。僕達は、予想外の高波に押し寄せられ、船はひっくり返り、大破。体は海に投げ出され、泳いでなんとか立て直そうとしたがそれはできなかった。水の流れは早く、到底泳ぎでなんとかなるものではなかった。流れに逆らうと体に激痛が走る。水の流れだけで手が曲がらない方向へ曲がり、僕は死を覚悟する。


 ──天海に手を出してはいけない。

 大人達が口を揃えてそう言っていたことを思い出す。ハッと嘲笑い、空見上げ、確かにその通りだと呟いた。

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