最終話 勝利の宴 そして……

「店主の勝利に! 乾杯!」


「「「カンパーイ!!!」」」


 裁判が行われた日の翌日。


 光側が全面的に勝利したのをどこからか聞きつけたのか常連たちが駆け付け、店内は自然発生した宴会のような騒ぎになっていたのだ。




「いや~痛快つうかいだったぜ! あの野郎の顔が一気に青ざめるのは!」


「光さんやりますねえ! いいもん見させてもらいましたー!」


「よーし! お前ら! 景気づけに一杯やるぞ! オイ店主! こいつら全員にナマビール出してくれ! カネは俺が持つ!」


「おー! やると思ったぜ! さすがは『傭兵騎士』殿!」


「いよっ! おだいじん様ーっ!」


 アルフレッドの景気刺激策に周りの者たちは大いに沸く。




『傭兵騎士』をはじめとした兵士一行がどんちゃん騒ぎを繰り広げる中、


 夫婦そろっての来店は初めてとなるビスタ子爵夫妻がフルーツミックスを食べながら兵士たちに生ビールを出して一息ついた店主と話をしていた。


「光さん、無事に勝てて何よりです。それにしても『ぼいすれこーだー』とか言いましたな。中々便利な魔導器具ですね。


 冤罪えんざいを減らすのにずいぶん役に立つでしょうな。もし可能でしたら、少しの間お貸しいただけますか?」


「ここじゃ動力源が手に入らないから鉄くず同然でしょうね。それに私も専門家じゃないから使えるけど仕組みはどうなってるかは分かりませんよ。


 あなたもトウモロコシは食べられるけど育て方は分からないでしょ? それと一緒です」


「そうですか……残念ですね」




 ビスタ子爵自身は魔導工学に関しては専門外だが、もしかしたら人脈の中に詳しい者がいるかもしれない。


 ひょっとしたら再現できるかも……彼は話を聞きつつ頭の中で検索を始めていた。


「もう、あなたってばまたお仕事のこと考えてるのね? たまにはそういうのを忘れてもいいんじゃない?」


「あ、ああ。すまん。つい癖で……」


 絵に描いたような仕事人間の夫を妻はたしなめる。まぁ血筋柄こういう人だから商売だけで子爵の地位を授かったのだろうとは思ってはいたが。




「なるほど、異世界の調味料ですか。どおりで見つからなかったわけですね」


「まさか異世界なんてものが本当にあるとはなぁ。そりゃ見つかるわけがないか」


 ダルケンとクラウスのコンビはハンバーグを食べながら話をしていた。




「ショウユ」に「ソース」それに「ミソ」といった謎の調味料がどこから出てくるのか?


 あるいは今食べているハンバーグに使われている、異様に質のいい牛肉はどこから調達しているのか? この店における大きな謎であった。


 だが、この店の店主は異世界出身でそこから持ち込んだ調味料を使っているというのが分かり、それなら探したところで見つかるわけがない。と納得した。


「しかし、確かチキュウとか言ったか? そこの技術はずいぶん進んでるな」


「ですよねぇ。これだけ美味い料理が店主が言うには庶民でも手軽に食べられるなんて。向こうの世界の料理人はさぞや苦労してるでしょうなぁ」


 これだけの味の物が「庶民でも手軽に買えるくらい当たり前」に出回ってるとしたら、店で食う料理はよほど優れてないとそっぽを向かれるだろう。


 2人は正直、ホッとしていた。おそらくチキュウの料理人の腕はよほど高くないとやっていけないだろうと思っての事だ。




 時間をおいて、チリンチリンと鈴の音が鳴る。今度はゲルムとライオネルが来店してきた。


「ふーむ。まさか異世界というのが本当にあったとはなぁ。


 まるで子供のころ聞いたおとぎ話のようだな。だからケチャップなんてものを持ち出せるわけだな。光さん、私にナポリタンを頼む」


「なーるほどねぇ、この店で出す酒は異世界の酒か。通りで美味いわけじゃわい! 嬢ちゃん! 角煮2人前とセイシュを瓶でくれ!」


 2人とも会話をしながらすっかり慣れた動きで注文を飛ばす。




「あ、ライオネルさんにゲルムさん! 確かお2人とも裁判を傍聴ぼうちょうしてましたよね?」


「ああそうだ。詳しく聞かせてもらったよ」


「嬢ちゃん! アンタが異世界の人間だったとしても俺にとっては大切な店の主だ! これからも堂々と商売をやってくれ!」


 2人とも店を続けられるのを知ってか嬉しそうだ。


 その日やってきた常連は皆裁判の事、店の秘密を聞いてきたという。


 それでもなおこの店に来てくれる、続けて欲しいと願う者たちばかりだった。




 一夜明け……季節は巡り、春。寒さは消え去り外の空気はすっかり暖かくなった光食堂は2年目を迎えつつあった。


 店を出して1年……それまで色々あったが何とかここまでやってこれた。


 異世界出身だというのはバレたけど必要としている人がいるのなら続けよう。店主である光はそう決心した。




 王都の中でひっそりとした旧市街地区にポツンとある、隠れ家的なお店「光食堂」


 よその店では出せない変わっているけど抜群に美味い料理たちをそろえるお店は、多くの常連たちに愛されている。


 今日もドアに括りつけられた、入店を知らせる鈴の音がチリンチリンとなる。




- 終わり -

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