第51話 脅迫 後編
ビスタ子爵夫妻に事を打ち明けた翌日……
銀行に行った帰りの光の前に餌付けされたハトのように時間をきっかりと守ってその男……自称正義の新聞記者が店の前にいた。
「やぁ偶然ですねぇ光さん。会いたかったですよ」
「!! またあなたね! 何の用!?」
「今日も口止め料をいただきますよ。今日は特別大サービスで銀貨1枚に銅貨10枚で手をうちましょう」
「!! 値上がりしてるじゃない!」
「そりゃそうさ。値段は俺が決めるんだから。早くしろよ、それとも国民の胃袋をだました詐欺師として紙面のトップを飾りたいのかい?」
早くも自分のやってることに恥や罪の概念がすっ飛んでいる自称新聞記者。
光との間でもめ事を起こしている現場を見て、見回りをしていたマクラウドとラルが割って入る。
「オイお前! ここで何をしてる!?」
「何をしてるって? ただ話してるだけだぜ? 何だよ、国家権力は善良な一般市民の会話を盗み聞きするのも公務なのか? 良い仕事だなぁオイ。
俺を捕まえようってのか!? 何の罪も犯していない善良な市民を捕まえたら職権乱用だぞ!? わかってんのか!?」
「クッ……わかったわかった! あっち行け!」
マクラウドは野犬を追い払うように彼を食堂の店主から遠ざけた。
「オイ、マクラウド。あいつのこと知ってるのか?」
「まぁな。あいつは噂ではこの国では製造も使用も
キツネ族の恥さらしだよ恥さらし」
「オメエがそこまで怒るなんてよっぽどのことだな」
「まぁな。光さん大丈夫ですか? 何かあったら遠慮なく俺たちに話をしてくださいよ」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
彼に卑劣な奴を追い払ってもらって、彼女はホッと一安心した。
そのまた翌日。やはり彼は店の前で待ち構えていた。
「もう! しつこいわね! また口止め料をもらいに来たの!?」
「ああそうさ。今日は銀貨3枚だ」
「……随分値段が上がってるじゃないの」
「昨日の分に利子付ければこれくらいの値段にはなっちまうぜ?
俺だってもう少し安くしたいんだが生活がかかってんだ。どうしてもこの値段になっちまってさぁ」
男は悪びれている様子は全くない。それが正当な権利だとさえいえる態度であった。
そんな彼の前に噂話を聞きつけてやってきたビスタ子爵夫人とアルフレッドが現れる。
「話は聞いたぞ。ずいぶんとまあ酷い事をするじゃねえか。テメェ、俺が『人狼』と呼ばれる理由を知りてえのか?」
「お待ちを」
脅そうとしたアルフレッドにビスタ子爵夫人が間に割って入る。
「暴力に訴えたら貴方が悪人になってしまうじゃない。ここは法律のもとで動くべきよ」
彼女はアルフレッドを諭す。直後新聞記者にの方をくるりと回ってにらみつける。
「人の弱みを握って金銭を脅し取るのは恐喝という犯罪行為です。これからあなたを恐喝の罪で訴えますが、よろしいですね?」
「アァ? 訴えるだぁ? 正義の味方を訴えるだと!? お貴族様は平民に対してはそこまで高圧的な態度を取れるんだな! ケッ!」
「そんなことしておいて自分を正義の味方だのと言える神経が実に信じられないわね」
「むしろ逆なんじゃねえのか!? 俺がテメェらを訴える方なんじゃないのか!?」
相手は「訴える」という言葉に怯むどころが逆に訴えるぞと脅す事すらやってのける……ある意味「筋金入り」だ。
「そうですか。でしたらどうぞご自由に訴えてください」
「テ、テメェ! 本当に! 本当に訴えるからな! 女だからって容赦はしねえぞ!」
「ご自由にどうぞ。この場ではらちが明かないので以降は法廷のもとで行いましょう」
「後悔してももう遅いからな! 本当に訴えるからな!!」
彼は捨て台詞を吐いて去っていった。
とりあえず光食堂に平穏が戻った後でビスタ子爵夫人はアルフレッドに申し出る。
「アルフレッドさん。私はこれからあの男に対し
「俺で良ければ何だってやるぜ」
「頼もしい限りですね。ただ暴力に出ることだけは辞めていただけますか?
暴力に出たらあなたが
「チッ。わかったよ」
ビスタ子爵夫人は支持の基盤集めとして周りの者たちからの協力を集めていた。
彼もその中の一人、それも脅迫の現場を目撃した有力なもの。彼女にとっては貴重な戦力だ。
その日の光食堂はいつものようにオープンした。が……いつもとは違った。
「光さん、話は聞いていますよ? 新聞記者に脅迫されているとか」
「リリーさん!? ……知っているのですか?」
「噂で聞いた話ですけどね。お願い、この店は潰さないで。個人的な話になるけど、私がラルと出会えた大切な店だから。絶対に潰さないで! お願い!」
リリーは元商人なのかうわさ話には敏感で、脅されているといううわさを聞きつけて光に店を続けてほしいと願い出た。
さらに……
「店主、良いか?」
「ハイなんでしょうか?」
マクラウドとラルとヴェロボルグは上質の紙に何十人ものサインが書かれた紙を渡した。
「光食堂を存続させてくれって言う署名、26人分だ。これだけの人がアンタの店を気に入ってるんだ。頼む! 潰さないでくれ!」
「俺からも頼む! アンタの店は俺にとって特別な店なんだ! どうか潰さないでくれ!」
「この店のカレーライスを食えなくなる日は来てほしくないんだ! 俺からも頼む! 潰さないでくれ!」
店を潰さないでくれという申し出はリリーだけではなかった。兵士たちの署名をかき集めていた3人からも願い出て……
「店主さん、噂で聞いたわ。誰かから脅迫されてるんですって?」
「……貴女もご存じなんですね」
「ええまぁ。お願い、そんな卑劣な奴に負けないで! 私にできることならなんだってやるから! 彼と一緒にここに来れなくなる日なんて来てほしくないから!」
さらにはいつも使用人であろう男を連れた、見た目からして明らかに貴族であろう彼女はそう説得する。
その日は終始こんな感じで常連達から廃業しないでくれと頼まれ続けた。
「……いつの間にこんなにも多くの人から愛されてるようになってたんだなぁ」
営業を終え、光はマクラウドから渡された署名を見ながらぼそりとつぶやく。思い出すのは常連たちからの「これからも光食堂の料理を食べたい」という願い事だ。
最初はただ自分の店を持ちたいという欲望から始まった店。それがいつの間にか多くの人の支持を集め、人気店となった。
「……ここまで来たらやるしかないわね。戦おう。戦って、勝とう!」
今の自分は一人ではない。自分を必要としてくれる人が大勢いる。彼らの期待にこたえなくては……彼女は戦うことを決意した。
【次回予告】
戦いの舞台は法廷……自称新聞記者と光が刃を交える。その結末やいかに
第52話 「法廷での決闘」
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