第50話 脅迫 前編
「店主、きつねうどんを頼む」
「俺にはカレーライスの激辛を頼む」
「はいかしこまりました。少々お待ちを」
そう言って光は厨房の奥に引っ込む。そしてきつねうどんのカップを開けて粉末スープをかけ、中に熱湯を注ぐ。
それと同時に激辛カレーのレトルトパウチとパッキングされているライスを開けて形を整え、電子レンジの中へと入れる。
きつねうどんが出来上がると同時に電子レンジから「チーン」という音が出て料理の完成を告げる。
「お待たせしました、きつねうどんになります。それとそちらのお客様にカレーライスの激辛になりますね。かなり辛いですから気を付けてくださいね」
いつもの光食堂の日常……それはある日を境に狂いだす。
「ククク……久しぶりの金づるだな」
コウモリの羽と足が生えた地球で言うピンポン玉サイズの眼球のような生き物、人工使い魔というべき生物が厨房での光の動きを見ていた。
その生き物の目を通して彼女の様子を見ていた灰色の髪をしたキツネ型獣人が舌なめずりをしていた。
彼は普段、ゴシップ記事を書いて日銭を稼いでおり、
時々「副業収入」としてその国では製造や行使が
翌朝、彼は光が銀行から帰ってくるところを狙って店の前でふてぶてしく待っていた。
「!? 誰ですかあなた?」
「見させてもらいましたよ店主さん。あんた出来合いものの料理を出してるんだって?」
「!!」
光の顔が強張る。
「へへへ。日夜悪を暴く正義の新聞記者として黙って見過ごすわけにはいかないんだが、特別に黙って見過ごす事も出来るんだぜ?」
「どういう意味!? 何が言いたいの!?」
「わかんねーのか? 口止め料だよ。とりあえず銀貨1枚」
「……わかった。持っていきなさい!」
「へへっ。まいどあり」
男は上機嫌で去っていった。
その日の昼。ビスタ子爵夫人が店を訪れた。
「いらっしゃいませ」
いつものように接客する光。だが普通の人間なら見逃してしまいそうなわずかな違和感があった。
普通の者なら気づかずに見過ごすだろうが、平民の出身ではあるものの商売だけで子爵の地位を持つ夫にその才を認められた程の実力者である彼女の眼はごまかせない。
「光さん、貴女何か隠し事でもしているんじゃありません?」
「!! そ、そんな事……ありません」
「……本当に?」
「ほ……本当です」
「本当の、本当に?」
「しつこいですってば! もう聞かないでください!」
「本当の、本当の、本当に、何もないわけ?」
「……閉店後にまた来てください。訳を教えます」
光は根負けした。
その日の営業が終わり、閉店時間ぴったりにビスタ子爵夫人がやってきた。そのそばにはペルシア猫のような高貴な雰囲気を漂わせている青年もいた。
「夫人さん、その人は……?」
「お初目にかかります、光さん。私はビスタ子爵というものです」
「なるほど、旦那さんですね。2人とも中に入ってくれますか?」
そう言って彼女は普段誰にも見せず、入らせなかった厨房の奥へと2人を招いた。
「なるほど。出来合い物の料理を出していたというわけですか……それを握られて脅迫されていたわけですね」
光はビスタ子爵夫妻に包み隠すことなく白状した。
自称新聞記者に弱みを握られていること、自分は異世界出身で異世界においては出来合いものの料理を出していることを。
「そう……そんなことがあったの」
「ごめんなさいね黙ってて。でも何でこんなこと隠してるって分かったんですか?」
「私たちはもう1回2回会っただけの仲じゃありませんもの。相手が何考えてるかくらい顔を見ればすぐにわかるわ」
子爵夫人はさも当たり前のように言う。彼女のような実力者の前では隠し事などお見通しであった。
「結論から言いましょう。あなたのやってる事は商売屋ではごく普通の事です。
港町で獲れた魚を王都まで運んで売るのと全く同じことです。だから今まで通り堂々と商売してればいいですよ」
ビスタ子爵が優しく諭す。
「でもお金払わなかったら出来合いものを出しているのをばらすぞって言われてて……」
「その際には裁判を起こしましょう。私たちが手配するから任せておいて」
「裁判?」
そのセリフに光は反応する。
「ええそうです。妻があなたの店をずいぶんと気に入っているそうですから、微力ながらお力添えをいたします。
弁護人もこちら側で手配しますし、裁判費用は万が一敗訴した際の賠償金も含めて全額私が負担いたします。お金の面に関してはご安心下さい」
「光さん。戦いましょう! 私は最後まであなたの味方になるから! 脅してくる卑怯な奴に負けないで!」
「私の見込みから言えばほぼ確実に我々が勝てる裁判です。戦って、勝ちましょう!」
ビスタ子爵夫妻はそう言って光の背中を強く押す。
「2人とも……いいの? 私なんかの味方になって……それになんでそこまでやれるの?」
「それが大した理由じゃないのよねぇ。ただこの人と一緒にここで食事したいのよ。
あとコーヒーゼリーが食べられなくなるってのも大きいわ。だから店はたたまないでほしい、それだけよ」
「……ありがとう。2人とも」
店を出してよかった。もし出さなければこの2人には会えなかっただろうから。光は心の底からそう思った。
【次回予告】
自称正義の新聞記者の要求はエスカレートするばかり。もちろんそれを黙って見過ごすわけにはいかなかった。店主である光も、常連たちも。
第51話 「脅迫 後編」
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