第48話 ポタージュスープ
暦の上では春になってからだいぶ経った。寒さが緩みそれは朝晩に残る程度で昼間は「寒くはない」程度には暖かくなってきた頃、
マリアンヌは行きつけの「光食堂」へと足を運んだ。チリンチリンと鈴の音を鳴らして中に入る。
「昼間は寒くない」という時期にはなってはいるが、それでも屋台での食事は少しためらう気温だ。
壁で外気を遮断し外よりも温かい屋内の店に軍配が上がる。
「いらっしゃいませ。あら、あなたは確かマリアンヌさん……でしたっけ? ご注文はいかがいたしましょうか?」
「あら店主さん、名前を憶えてくれたんですね。うれしいわ。とりあえずメニューを見てから注文するわ」
「はいメニューですね。少々お待ちを」
ほどなくして光はメニューをマリアンヌに渡す。彼女はそれを見てある料理、特にその値段を見る。
「ポタージュスープ」
「具をブイヨンで煮込んで裏ごししたスープ」
比較的安い値段で出すため、後数日で給料日というマリアンヌの財布に優しい料理だった。
「仕方ないわね……店主、ポタージュスープを出してちょうだい」
「はいかしこまりました。少々お待ちを」
店主は奥へと引っ込んだ。
「ハァ……お金があればなぁ」
マリアンヌは没落貴族出身で、今は王都内でもかなり上位に位置する貴族の下で使用人として働いている。
平民に比べれば多くの給金をもらってはいるものの、この店で飲み食いしているとカネはいくらあっても足りない。
物心ついた時には平民と同じような生活を送り、カネが無いことに関して我慢しなければいけなかった幼い頃の反動なのか、彼女は割と金遣いは荒いほうに入っていた。
待つことしばし……
「お待たせいたしました。ポタージュスープになりますね」
出てきたのはどろっとして白くにごったスープ。具らしきものは一切入っていなかった。
「? ねぇ店主。このスープ具が無いんだけど?」
「ポタージュスープは具を裏ごししてるんで具が無いように見えますけどカボチャやトウモロコシ等を使ってますよ」
「そ、そう……」
具が無いというのはやや寂しいが(安いのは見た目が華やかではないからだろう)せっかく店主が作ったんだし食べなきゃ失礼だと思いスプーンを手にし、すくって飲む。
「!? 何これ!」
口の中に入ってくるのはブイヨン、それに自然な甘みのある何かの味と風味。
それらの味が散らからずにまとまっている調和した味となってマリアンヌの舌に響く。
「うん、これはこれで美味しいわね……肉があれば最高なんだけど」
やはりこの店のメニューは違う。そう思いながらスープを飲み進めるにつれて素材の味がなんとなくつかめてくる。
舌が確かなら店主も言ったようにカボチャ、それとトウモロコシらしき味がする。スープの自然な甘みはこの2つから来ているのだろう。
(それにこれは……もしかしてジャガイモかしら?)
それだけじゃない。ある意味食べなれた食材であるジャガイモも使われているようだ。
しかし食い飽きた感じはまるでなく、新鮮な味わいであるかのように調理されている。
食い飽きたジャガイモもこうして上手く料理すれば美味しくいただけるのか。
店主の腕前はかなりの物だというのがこの料理から伝わってくる。
「なるほど。彼女がこの店のトリコになるわけだわ」
頭に浮かぶのはビスタ子爵の妻となった幼馴染。結婚して2~3年経っており、もうすっかり本物の貴族になった彼女がこの店に入れ込む理由がよく分かった。
「ごちそう様。また来るわ」
「はい。またのご来店お待ちしています」
店主にごちそう様と告げて店を後にする。その彼女がドアを開けようとした瞬間、外にいた何者かの手で開けられる。入ってきたのは……
「あらマリアンヌ。先に食事してたの?」
やってきたのはビスタ子爵夫人だった。
「え、ええ。さっきまでお昼をとってたの。あなたはこれから?」
「ええまぁ。と言っても食べるのはデザート類だけどね」
「今日はポタージュスープっていう料理を食べたけどなかなか美味しかったわよ。具が無いのがちょっと寂しいけどね」
「ポタージュスープ……ああ、あれね。具が入ってないのが少し寂しいけどおいしかったわね。あれはあれで食いつく人もいると思うわ」
「ふーん、あなたがそう言うなら説得力あるわね。じゃあ私、午後の仕事だからもう行くね」
「分かったわ。いってらっしゃい」
食事を終え、さて仕事だ。マリアンヌは気持ちを切り替えて仕事場である貴族の屋敷へと戻っていった。
【次回予告】
コメがあるところにはこの料理有り。と言える位、コメが広まっている地域では定番の料理だ。
第49話「チャーハン」
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