第47話 ほうとう

 サイフォンがクラウス料理長に「ショウユ」に関する調査結果を報告をする、少し前。


 少しずつ寒さが緩み、特に昼間は暖かくなってきた早春とも晩冬とも言える時期。サイフォンは久々に王都を訪れ、光食堂へと足を運んでいた。


「お、新メニューか」


 サイフォンは前回の来店時にはなかった、あるいは見逃していたかもしれないメニューに目を止める。



「ほうとう」

「小麦で出来た麺を野菜と一緒にミソで煮込んだ料理」



 というものだ。


「煮込み料理か……こういう時期にはありがたいな。光さん、『ほうとう』といいましたっけ? それをお願いできますか?」


 彼はその料理を注文した。




「おや、彼は……」


 料理が来るのを待ってる間、店内を見渡して目に付いたのは青い羽根が特徴な鳥型獣人の兵士。確か自分の部下だったリリーの夫だと聞いている。


「やぁ。確かあなたはリリーの旦那さんでしたよね?」


「あ、ああそうだ。そういうアンタは確かサイフォンとか言ったリリーの上司でしたっけ?」


 サイフォンにとっては結婚して仕事を引退し家庭に入った元部下、ラルからすれば新婚ホヤホヤの愛する妻リリーに関する話をする。


 新婚生活のノロケ話や家庭に入って彼女はうまくやっていけているのかといった話をしていた。そうしていると時間はあっという間に過ぎ去り料理が来る。




「お待たせしました。ほうとうになります」


 どんぶりに盛られたほうとうがサイフォンの目の前に出される。


 特徴的なのは小麦で出来た太くて平べったい麺で、見た目のインパクトもでかい。


「それは『ほうとう』とか言いましたっけ? なんとなくきつねうどんに似てる気がしますね」


「ええそうですね。ただきつねうどんには具にこんなに野菜はありませんし、麺もこんなに太くはないですよね」


 ラルとそう話しながらサイフォンは麺をフォークで絡めて食べる。


 上質な小麦粉で練られたのであろう雑味が一切ない麺はミソのスープと絡んで文句なく美味い。




「この濃厚な味はたまらんな」


 スープをすするとこの店でしか味わえない「ミソ」という調味料で味付けされた濃厚な味、それも染み出した野菜のうまみと合わさった極上の逸品だ。


(それにしても店主はどこで「ミソ」を手に入れるんだろう? わからんな)


 仕事で「ショウユ」に関して取材するのと合わせて個人的に気になっていた「ミソ」の調査もやってみたが、空振りに終わった。


 ミソはこの料理以外にも例えば「サバの味噌煮」にも使われておりそれらの料理の値段も考えると、ミソ自体は特別高価だったり希少だったりする品ではなさそうだ。


 なのに王都では扱っているのはなぜかこの店だけ。


 この国の国内はおろか、隣国でも作られていない謎の調味料……一体どこから仕入れているのだろう?


 腕利きの商人である自分にすら流通経路がわからず、謎としか言いようがない。




 この料理のメインはミソのスープだが脇を固める野菜も精鋭ぞろいだ。


 カボチャは包丁さえ入れなければ常温でも数ヶ月は保存が効くので年中食卓に上がるが、普段食べる物とは違って甘くしっとりとしている。


 この甘さはどうやって出すのだろうか? これもまた謎だ。


 大根もニンジンもキノコ類も市場に出回っている物とは根本的な部分で質が違うのだろうか?


 だとしたらどうすればこれだけの物をどういうルートで仕入れられるのか? 疑問は深まるばかりだ。


 とはいえそんな疑問を持ちながら食ってもせっかくの料理が不味くなるだけ。


 その疑問はいったん脇においてこの店でしか食えない美味珍味を味わうことにする。


 美味さだけでなく麺が太い事や具の野菜も多くボリュームもあり1杯で満腹になった。




「ごちそう様。また来ますよ」


「はい。またのご利用お待ちしております」


 サイフォンは店主である光に礼を言って店を後にする。


「さて、行かないとな」


 とある貴族向けの店で料理長を務めているらしいクラウスから頼まれた依頼の報告をしなければ。


 時間には余裕を持たせているので余程の事が無い限り遅刻することはないだろう。


 自分としてもできうる限りの手を尽くしたものの、正直彼が望んでいるような結果にはならなかった。が、それでも報告しなくてはなるまい。


 彼は足を少しだけ早めて街中を歩いて行った。




【次回予告】


彼女は肉は好きだがたまには肉が無くても良いだろう。そう思い彼女はスープを注文した。


第48話「ポタージュスープ」

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