第39話 ガパオライス

 チリンチリン、と光食堂のドアにくくりつけられた鈴の音が鳴る。リリーが今日は1人で入ってきた。


「いらっしゃいませ。あら、今日はお1人ですか?」


「まぁね。ラルと一緒に食べる料理もおいしいけど、たまには1人もいいかなって。メニューを見せてちょうだい」


「はいかしこまりました。少々お待ちを」


 少しして店主がメニューを持ってきた。リリーは受け取るとざっと目を通す。新メニューがあるかどうかを見るためだ。しばらくして彼女は発見する。



「ガパオライス」

き肉を香草や野菜と一緒に炒め、ライスを添えた料理」



 という料理を。き肉と香草というコンビは他の店でもあるがちょっと危険な組み合わせだ。


「ねぇ光さん。あなたの店だから大丈夫だとは思うけど、このガパオライスって言ったかしら?


 き肉と香草を使ってるって書いてあるけど本当に大丈夫かしら?」


「ご安心ください。決して変なものを食べさせることはしませんから」




 香草を使う肉料理……特にごまかしのききやすいき肉は、肉の質が非常に悪かったり中には腐りかけの物を使う店もあると聞くし、


 実際別の店でかなり傷んだ肉を食わされた苦い経験もある。


 通いなれたこの店ではまずやらないだろうから、ここで食う分には大丈夫だろうと注文する。


「光さん、私にガパオライスをお願い!」


「はいかしこまりました。少々お待ちを」


 彼女は調理を始めるためにいったん奥に引っ込む。


 それから待つことしばらくして……




「お待たせしました。ガパオライスになります」


 出てきたのは野菜と一緒に炒められたき肉と白いライス。野菜には赤や緑といった鮮やかな色の物が使われており、見た目もカラフルでキレイだ。


「……嫌な臭いはしないわね」


 香草の香りのする中、肉のにおいを慎重にかぎ分け大丈夫だろうとは確信する。スプーンで炒められた肉とライスをすくい、口に運ぶ。


「うわぁ……美味しいわこれ」


 そう感想が漏れる。ガパオと思われるき肉には極めて上質かつ新鮮な肉を使っているのか、臭みはこれっぽちもなく代わりにうま味に満ちていた。


 その辺の安物の肉では逆立ちしようが絶対に出せない味わいだ。


 そのためか香草も「肉の臭みを消す」ためというよりは「食欲を増進させる」ために使っているらしく、食欲がいつも以上に増している気がした。


 その上質な肉がこの店特有の異様に質のいいライスと調和し、至上の味となる。どこまでも、どこまでも、ただひたすらに美味い。




「この野菜も美味しいわね。どこで見つけてきたのかしら?」


 どちらもなんとなくピーマンか、それに似ている何かと思われる赤や緑の野菜も火が通って


 タマネギみたいに甘くなったのに加え肉のうまみをある程度吸ったのか、いい味がする。


 リリーは商人だが食品は扱っていないのでどこから見つけてきたのか? という問いには答えられない。


 確か自分以上に長く通ってる常連客に、食品を主に扱っているビスタ子爵の夫人がいたが彼女なら何か知ってるかもしれない、と思った。


 ……実際に声をかける勇気と度胸があるかどうかは別として。




「ただ肉を炒めただけじゃこの味は出ないわよね? 何を使ってるのかしら?」


 彼女に沸いてきた次の疑問は味。ただ肉を炒めただけでは絶対に出せない、何かしらの調味料を使ったからこそ出せるのであろう味だ。


 ただ肝心の調味料が何なのかはリリーの知識の外にあるもので、分からない。


 まぁこういう「企業秘密」があるから料理屋と言う仕事が成り立っているのだろうとは思うのだが、と思い深くは考えない。


 料理屋である以上、美味い料理を出せればそれでいいのだから。




「ごちそう様。また来るわよ」


 リリーは光にあいさつしながら店を出る。そういえば今年の晩春で1年通ってることになるが、この店以上に愛着を持っている店はない。


 数々の素晴らしい料理に出会えたし、何より結婚を考えている相手であるラルと出会えた店だ。


 できればこの先何年も続けてほしいな。彼女はまだ寒い中、店の繁栄を願っていた。




【次回予告】


寒い日にはありがたいスープ料理。もちろんこの店の料理だからスープも別格だ。


第40話「ミネストローネ」

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