第38話 お汁粉

 王国歴109年1月1日。


 国王が城のテラスで新年にあたりスピーチを行っていた。国民の尽力で無事に昨年を終えられたことをねぎらい、今年の1年も無事に過ごせるように激励する内容だった。


 国民達にとってはどちらかと言えば、その後の新年祭の方が重要だった。


 この日からおよそ3日間、新年を祝う行事が王都をはじめ王国各地で行われ、祭りとして賑わいを見せる。


 王国国民は善政を布いている敬愛すべき国王のスピーチを聞くためもあるが、この祭りを楽しむために身を切るような寒さの中朝から王都に集まったと言える。




 そんな中、光食堂はいつものように開店中であった。無論、新年に迎える合わせて特別メニューを用意していた。


 この日初の来客は昼頃やってきたライオネルだった。


「こんにちは、光さん。今年もこうやって来るからよろしく頼むよ」


「はい。今年もお願いしますね。あ、そうそう。メニューにもありますけど年始限定の料理を出してるんですが、いかがいたしましょうか?」


「ふむ。限定メニューか。いただこうかの」


 ライオネルは気になる様子でその料理を注文した。




「よぉ店主! 元気してるそうじゃないか。今年も食いに来てやるからよろしくな!」


「あらアルフレッドさん、相変わらず元気ですね。今年もごひいきにしてくださいよ」


 続いてアルフレッドが乱暴にドアを開けつつ入店する。先客だったかつての猛将の隣に座る。


(? 見ない料理だな)


 先客が食べていたのは濃い、ドロッとした赤茶色のスープの上に白い何かが浮かんでいる料理。


「なぁ、なんだそれ?」


「ああこれか。『オシルコ』なる年始限定のメニューだそうじゃ。甘いぞ」


「そうか。たまには甘いものも良いか……オイ店主! 俺にオシルコとかいったか? それをもらおうか!」


 アルフレッドは注文を飛ばした。




「さすが旦那、新年から景気のいい話じゃないですか」


「昨年は商売がうまくいったのと、お前が真面目に修行してるから特別だぞ」


 ソーリスとその師匠である商人が光食堂のドアをくぐった。


「あら、君は確か……去年パンとチーズを頼んだ男の子だったよね」


「え!? 店主さん、俺の事覚えていてくれたんですか!?」


 家族連れでもない子供が1人で来るのは珍しかったのですぐ覚えてくれたようだ。




「良かったなソーリス。彼女みたいに顔と名前を覚えるのは基本だぞ、今年もしっかりと鍛えるんだな」


「あ、そうそう。年始限定メニューがあるんですけどいかがいたします?」


「へぇ、そんなものがあるんだ。じゃあそれを2人前いただこうか?」


「はいかしこまりました。席にかけてお待ちいただけますか?」


 旦那はソーリスの分も含めて注文する。




 光は店舗の奥に引っ込むと誰も見ていないのを確認してお汁粉のインスタント容器を開けて中にお湯を注ぐ。


 しばらくしてお湯で餅も戻ったのを確認して容器をプラスチックではないきちんとした器に移し替え、店に出す。


「お待たせいたしました。お汁粉になります」


 出てきたのは器に盛られた赤茶色いスープに白い物体が浮かんでいる汁もの。ソーリスはもちろん、その師匠も初めて見る物だ。


 舎弟の前で怖気づくわけにはいかないと勇気を出してスープをスプーンですくい口に入れると……




「!? 何だこりゃ! ずいぶん甘いじゃねえか!」


 その甘味に驚く。砂糖はまだまだ希少価値がある中、その希少なものを使ったのか甘いスープだった。


 一方、ソーリスは白い物体を食べていた。ネバっとしてもっちりとした今まで食べた事が無いものだったが美味い事だけは確かなそれを楽しんでいた。


「この白い奴もいけますよ旦那! 美味いッス!」


「そりゃよかった。店に感謝しろよ」


「ハイ! もちろん旦那にも感謝しますよ!」


「ハハッ。そのいきだ」




 一緒に来店したビスタ子爵夫人とその幼馴染おさななじみのマリアンヌは2人揃ってお汁粉を食べていた。


「甘くておいしい。肉が無いけどこれはこれで美味しいわね」


「フフッ。言うと思った」


「お貴族様にしては甘さ控えめかしら?」


「まぁね。でもこっちの方がおいしいわ。貴族向けのお菓子なんてどれも砂糖の使いすぎで甘すぎてダメなのよね。


 夫はそういうの慣れてるそうだけど私としてはこの店の物があってるわ」




 ビスタ子爵夫人は平民出身だったが、商人としてたぐい稀な才覚と才能を発揮し、


 ついには代々商売だけで子爵の地位を持つビスタ子爵にその才を見初められて夫婦となった、地球で言うバリバリのキャリアウーマンである。


 夫婦生活はうまく行ってるが甘い菓子に関してだけは唯一話が合わないのだった。




 貴族にとって菓子というのは「甘ければ甘いほど」つまりは「希少な砂糖を使えば使うほど」美味だというのが常識である。


 そのため平民の出であるビスタ子爵夫人からしたら「甘すぎて不味い」領域にまで行ってるのだ。


 そういう意味でもこの店の料理は気に入っている。自分の舌に合う料理が出てくるのが嬉しかった。


 2人はそろってお汁粉を食べ終え、光食堂を後にする。


「ごちそう様、光さん。この腕ならお店は安泰ね。「オシルコ」だったかしら? 美味しかったわ。今年も通うからよろしくね」


「はいありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」




(!! 甘い! 砂糖をこんなにも使うとは贅沢な料理だな)


 家族そろって光食堂を訪れたダルケン一家は年始限定メニューだという料理を家族そろって食べていた。


 その甘い、かといって貴族の菓子のようなくどいくらいに甘いものではない優しい味にすっかりとりこになった。


 こんなにも甘い料理なのに銅貨10枚というのは他所の店では絶対に出せないくらいに安い価格だが、まぁ年始限定のサービスメニューというのならそれも納得がいく。


「相変わらず、すごい店だなここは」


「ええ。こんな甘い料理をこんな安く出すなんて、大丈夫かしら?」


「うーむ……分からんな。まぁ美味いのは間違いないんだが」


 この店には大きな謎がある。


 庶民からしたらお高くとまっていて、貴族からすれば破格の安さという中途半端な価格設定や、食材を仕入れている気配が無いバックヤード……他の店にはない秘密がある。


 それが何なのかは分からないのは残念だが、味を盗むには使えるので特に気にしないことにした。




「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」


 最後の客が帰り、光食堂に静寂が訪れる。昨年はこの食堂を開いた後、目いっぱい働いて今の地位を築くことが出来た。


 今年も店を続けたいな。そう思って彼女は地球へと飛んで帰っていった。




【次回予告】


その料理は、店主の国では昔流行った料理らしい。彼女はそれを注文する。


第39話「ガパオライス」

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