第37話 貝(アヤボラ)の白ワイン蒸し

 ある日の夕暮れになった時、光食堂の入り口のドアからチリンチリンと鈴の音が鳴る。


 入ってきたのはドワーフのゲルムで、仕事を終えて1杯やるためにやってきたのだ。


「あらゲルムさん、いらっしゃいませ」


「よう嬢ちゃん、今日も飲みに来たぞ。まずはメニューをもらおうか?」


 すっかり顔なじみになったのか、そう親しげに言葉を交わす。




 座り心地のいいイスにどっかりと腰を下ろすと、隣には夜の見回りを担当しているのだろうか、この時間になっても鎧や武器で武装した兵士がいた。


「お前さん兵士のようじゃな。ワシの工房が納品している槍や剣はどうだい?」


「ゲルムさんじゃないですか、やっぱり使いやすいですね。一昔前と違って今は平和だから出番はないですけどね」


「まぁ武器なんて使われないのが一番じゃがな。もちろん使われるときには最高の一振りでいられるようにはしているがの」




 ゲルムは自分の工房を持っている。彼に指導された職人たちは剣や槍などの武器を国に納めており、王国の軍隊を支える大事な柱の一つとなっている。


 一応は彼も60越えという年が年なのもあって「天からのお迎え」がいつ来てもいいように後進こうしんを育ててはいるものの、


 今のところゲルムは「生涯現役だ」と言って引退を考えてはいない。


 そんな「老いてますます盛ん」な彼はメニューを見て、気になる物を見つけた。


「貝の白ワイン蒸し」

「アヤボラという貝を白ワインで蒸した料理」


 という物だ。


「ほほぉ、酒で蒸した貝か。よし決めた、注文じゃ! ワシに貝の白ワイン蒸しと言ったかの? それを2人前ほど頼む! あと酒じゃ! セイシュを1瓶もらおうかの!」


 ゲルムはそれを注文した。




 光は食堂の奥に引っ込むと人の気配が無いのを確認して缶を開けて中身の貝の身を皿に盛る。


 そして電子レンジに入れて調理する。しばらくして「チーン」となったら完成だ。


「お待たせしました。貝の白ワイン蒸し2人前と、清酒になりますね」


 2つの皿には同じように貝の身らしきものが盛られていた。貝殻の類はない。




「なぁ嬢ちゃん。貝殻は取ってあるのか?」


「ええ。食べるのにはいらないからこちらでとってます」


「ふーむそうか……」


 休暇の際、港町に旅行してそこで貝料理を頼んだ際には貝殻がついていて、その辺は妙だと思った。


 まぁ貝殻なんて食うのに邪魔だから無いほうがいいとは思って気にしないことにした。


「酒で蒸した貝か……アルコールは飛んでいるようじゃな」


 団子鼻で匂いを嗅ぐがアルコールは飛んでいるようで、ワインの香りこそするが酒のにおい、つまりはアルコールの香りはしない。


 まぁそれは大して問題は無い。問題は味だ。手近な身にフォークを刺し、口に運ぶ。




「!! おお!」


 思わず感嘆かんたんの声が出る。


 白ワインのコクがうま味を秘めた貝の身と混ざり合い、調和した味が舌の上に広がる。


 すかさず彼はセイシュを器に注いで飲むと、貝のうま味がセイシュの辛口と合わさり至福の味となり、神の園の食べ物ではないのか? と錯覚するほどの美味さだった。


 ドワーフの胃袋に合わせて2人前を頼んだが、こんなに美味いとすぐ無くなってしまいそうな気がした。




 ゲルムの宴が始まろうとしたとき、彼の後ろからチリンチリンと鈴の音が聞こえる。やってきたのはライオネルだ。


「おや、ゲルムか。相変わらず飲んでるそうじゃの」


 60を超えたというのに相変わらず若いころと同じ、あるいはそれ以上に酒を飲んでいる旧友に声をかける。


「もちろんじゃ! 今日はアヤボラとか言った貝を酒蒸しした奴を食っとるんじゃがいやぁ、酒を使った料理をツマミに酒を飲むのもなかなかいいもんじゃのぉ!

 角煮と同じくらい美味いわい」


「ゲルム、お前の事だから聞かんと思うが一応飲み過ぎには気を付けたほうが良いぞ? もう60を超えたんだ、深酒は害になるぞ」


「何を言う! 酒こそ人生の華じゃ。酒が飲めなくなるとこの年じゃ、あまりにも悲しくてすぐポックリと逝っちまうわい」


 深い仲の友人として一応は忠告するが相手は全く聞き入れるつもりが無い。まぁ彼の事だ、こういう回答が来るだろうとは思ってはいたのだが。


 その後もちろん彼は友人の警告は完全に無視して貝と酒を存分に味わった(それを見て友人はハァ。とため息をついたという)。




「じゃあな。また来るよ」


 ゲルムは散々飲んだのに足取りがしっかりしており、自力で帰れる程度には意識はしっかりとしていた。


「この店が無かったらワシはそれほど生に執着しなかったかもな」


 彼は店の方を振り返りそうつぶやく。この店の酒は他所の物とはまるで別物の美味さだし、何より魚や貝の美味さを60を超えてから教わるとは思わなかった。


 今なら分かるがもしこの店に来ることが無かったらその美味さを知らずに逝く羽目になる所だった。


 この店の料理が楽しみで当分の間死ぬわけにはいかんな。そう思いながら彼は酔いながら家路につくのであった。




【次回予告】


1年が終わり、新たな1年がやってくる特別な日。光食堂にも特別なメニューが出ていた。


第38話 「お汁粉」

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