第36話 アヒージョ

「ううう……寒い……」


「この寒さには慣れんものだな」


 マクラウドとラルの2人は寒空の下で見回りを続けていた。


 パトロール用の軽装とはいえ鎧を着こみ、冬用の鎧下よろいしたやズボンをはいているものの、寒さを完全にしのげるまでにはいかない。




「とりあえず昼の休憩だ、寄ろうぜ」


「ああ。金持ってるだろうな?」


「当たり前だろ。俺はツケはしない主義だ」


 他愛のない会話をしながら2人は光食堂のドアを開ける。チリンチリンと鈴の音が鳴った。


 しっかりした厚い壁で寒い外気をシャットアウトしているのか、食堂の中はほんのり暖かい。




「いらっしゃいませ。ご注文は何にしますか?」


「とりあえずメニューを見せてくれ」


「はいかしこまりました。少々お待ちを」


 マクラウドやラルはたまにメニューを見るようにしている。おそらく店主の気まぐれなのだろうか、不定期だが新メニューを出しているのだ。




「ん? なんだこれ?」


 ラルがメニューを見てそれに気づいた。


「アヒージョ」

「ニンニクとオリーブオイルでエビとキノコを煮込んだ料理」




「……前には見なかった料理だな」


「へぇ~、煮込み料理ねぇ。こんな寒い日にはありがたいな。店主、注文だ。俺にアヒージョとか言ったか? それをもらおう」


「俺にもアヒージョをくれ」


「はいかしこまりました。少々お待ちいただけますか?」


 2人はいつもの流れで注文を飛ばした。




「……そういえばこの店のイス、座り心地がよくなったよな」


「儲かってる証拠だな。いい事なんじゃないのか?」


「かもな。それとお前リリーとはどこまで行ってんだ?」


「ストレートに聞くなぁ。まぁそろそろ結婚も視野に入れてるよ」


「本当か!? そりゃよかった! 式をやるなら当然俺も呼ぶよな?」


「当たり前だろ何言ってんだ。やりたいならスピーチだってやらせてやるぞ」


 お互いに身の回りの話をしているうちに時間はすぐ過ぎる。


「お待たせいたしました。アヒージョ2人前になります」


 話の間に割って入るように店主が料理を持ってきた。火が通り赤くなったエビと、切られた茶色いキノコが数個入った深めの皿が出てきた。




「コイツはニンニクか? 匂いはよさそうだな」


 漂うのは、ニンニクの香り。その香ばしい匂いが2人の食欲を誘う。


 せっかく温かい料理が出てきたんだから冷めないうちにと食べ始める。


 まずエビから食べるとその身は「がったばかりのむき立て」と言える位プリプリで歯切れがよく、その食感がたまらない。


 もちろん味も抜群でオリーブオイルのコクがしみ込み、美味い。続いて食べるキノコも同じように味がしみ込んで美味となっている。




「相変わらずこの店の料理は素材の質がすげえよな」


「ああ。このオリーブオイルも相当良いのを使ってるぞ。全然油臭くないぜ」


 この料理にはそのまま飲めそうなほど上質なオリーブオイルが使われており、エビとキノコにうま味を与え、また同時に溶け込ませて独特の味を作り出していた。


「店主、追加注文だ。付け合わせのパンを頼む!」


「俺にもパンをくれ! 早めに頼むぞ」




 2人は追加注文でパンを頼む。ほどなくして出てきたパンをちぎってオリーブオイルのスープに浸して食うと、予想通りに美味い。


 オリーブオイルの上質なコクと味がパンにしみ込み、絶品となる。


 単にこのオリーブオイルとパンだけだったとしても十分メニューとして成立しそうな味だった。




「御馳走様。また来るよ」


「はい。またのご来店お待ちしています」


 マクラウドとラルの2人はカネを払って店から出てきたが、マクラウドは出てきた店を振り返っていた。


「? マクラウド、どうした?」


「……通いだしてもう半年になるのか」




 初夏のころ、旧市街地区の見回りという退屈な仕事をしていた際に見つけたこの店。それから半年ほど経ち今ではすっかり冬の空気に変わっていた。


 値段こそ高いので頻繁には行けないが色んな料理を食べてきたし、そのどれもがけた外れに美味い。不思議な店だ。


「そうだよなぁ。初めて来たのは夏の初めごろだからそれくらいにはなるか? あれから半年くらいにはなるな、早いもんだよなぁ」


「そうだな。ラル、行こうか。午後の見回りだ」


 兵士2人は休憩を終えて寒空の下の中、午後の見回りを始めた。




【次回予告】


酒蒸し料理と聞いて彼は飛びつく。無論彼は無類の酒好きで、酒を飲みながら酒を使った料理を食うのは大好きだった。


第37話 「貝(アヤボラ)の白ワイン蒸し」

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