第33話 牛丼

「ほほぉ。オレ向きの料理だと?」


「ええそうです。アルフレッドさんみたいな人には向いてるかなって思いまして」


 昔はそうではなかったが、最近の国家情勢は良好でもめ事の無い平和な世の中だ。


 なので兵士相手の訓練やけいこ以外には取り立てて実力を発揮できる出番のない『人狼』アルフレッドは興味深く光の話を聞いていた。


 自分のような人間に合う料理がある。普段から絶品料理を出すこの店が推すのならそれは美味い料理だろう。ワクワクしながらその話を聞いていた。


「分かった。確か『ギュウドン』とか言ったな? それをもらおうか」


「かしこまりました。少々お待ちください」




「牛丼」


「薄く切った牛肉と玉ねぎをしょうゆタレで煮込んでライスにかけた料理」


 メニューにはそう書いてある。


 牛の肉、とはっきりと書いているのが気になるがこの店の肉は別格で、牛肉を使ったものだとしても王侯貴族の料理かと見間違うほどだ。


 実際、「牛のき肉」を使った「ハンバーグ」は脂もうま味ものっていて他所の店の物とはケタ違いに美味く、


 この店以外なら貴族の中でも特に位の高い者で無ければ口に出来ない、と言ってもいいものだ。


 そんな事情を知っているのでアルフレッドはワクワクしながら待つ。この店への信頼は極めて厚いものだった。


 光は厨房の奥に引っ込むとレトルトパウチから牛丼の具を取り出し、どんぶりに入れて形を整えたパックライスの上にかける。


 そして電子レンジで加熱し「チーン」となったら出来上がり。料理を客に出した。




「お待たせしました。牛丼になります」


 そして、彼の前にそれが置かれる。どんぶりの上に薄く切った牛肉と玉ねぎがしょうゆタレで煮込んだのか少し茶色い色をしている。


 肉とタレのいい香りが鼻をくすぐり、食欲を引き立たせる。


「コイツも美味そうだな」


「ありがとうございます。ではごゆっくり」


 アルフレッドはさっそくフォークを取って食いだす。


 まずは肉だ。と言わんばかりにフォークで突き刺し、食う。口に広がるのは上物の肉のうまみと、タレの味。このタレが絶品だった。


 その正体が何なのかはわからないが、甘くて少し塩辛いこの辺の料理屋の中では群を抜いてうま味を持つショウユタレなる物の味が肉に染みて美味い。


 その肉も薄くスライスして煮込んだためか、はたまた肉質がいいのか、牛肉特有の臭みも固さも全くない。




 玉ねぎも良く火が通されているのか柔らかく、ほのかな甘みを感じられる。


 お貴族様の中には玉ねぎの臭いが受け付けられないという奴らもいるそうだが、アルフレッドは気にしない。


 というか幼いころから食のえり好みをしてたら即餓死というのもあったが。


 具の下に敷かれた白いコメも当然この店ならではの抜群に美味いコメ。


 決して出しゃばったりしない一見自己主張が少ないものの決して不味いわけではないそれが牛肉と玉ねぎとタレをまとって極上の料理となる。




(この店の料理はどれもハズレが無いから安心だよなぁ)


 アルフレッドはそう思いながら牛丼をかき込むように食う。


 貴族向けの店でも出せない絶品料理なのに明らかに庶民向けの内装、それに値段が中途半端で貴族向けとしては破格だが庶民にとってはやたら高いのは気になるところだ。


 まぁ食堂を始めとしたメシ屋は出てくる料理が上手けりゃそれでいい、と特に気にしてはいなかった。


「店主、ギュウドンと言ったな? もう一杯くれないか?」


 彼は戦場や訓練で鍛えに鍛えられた筋骨隆々とした明らかにガタイの良い身体だから食う量も多い。牛丼1杯程度では満腹にならず、お代わりを催促する。


「はいかしこまりました。お代わりですね。少々お待ちください」


 そう言って彼女は再び調理を開始する。


 この日、新メニューとして牛丼が加わったのは言うまでもない。




【次回予告】

彼らは結婚して10年、幼馴染だった頃からを数えれば20年は超える付き合いになる。それを記念して店を訪れていた。


第34話「オイルサーディン」

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