第32話 おでん
(こう寒くなってくると煮込み料理の「おでん」は売れるだろうな)
日没までの時間が早まった冬の街をタヌキ型獣人のダルケンはこげ茶色の髪を寒風で揺らしながら歩く。
おでん……彼が現在たぬきそばの研究の手を止め、再現しようと新たに研究している料理だ。
「たぬきそば」は今だ再現までの糸口が見えない。
ソバを麺にするのは出来るのだが、味の決め手となるスープが大きな大きな謎なのだ。
それに比べておでんは材料もある程度わかるし、なによりスープの正体が分かったので
こっちの方が再現するための難易度は低いと踏んで、とりあえずたぬきそばの研究はお休みしておでんの研究を続けている。
研究は終盤まで来ていてもしかしたらこれが「最後の」答え合わせになるかもしれない。と思っていた。
「光食堂」の扉を開けチリンチリンと鈴の音を鳴らしながら店の中に入っていった。
屋内で外壁が厚いのか、外に比べたら少し暖かいのがホッとできる。
「いらっしゃいませ。あらダルケンさん、今日はおひとりなんですね」
「ええまぁ。今日はおでんをお願いできますか?」
「おでん」
「大根や卵などの様々な具材を
というもので最近、ちょうど秋の終わりごろになってから出されるようになったメニューだ。
(……椅子を変えたのか? 座り心地が良いなぁ)
最近になって座り心地の良くなった椅子に腰掛けながら料理を待つ。
自分が勤める店の料理長は「クリームシチュー」と「クリームパスタ」なる新メニューを立て続けに開発したとして、
王都の美食家である貴族からも注目されているそうだが、おそらくこの店のメニューを盗んだのだろう。
自分ものんびりしている暇はない。先に他の誰かがメニューとして形にする前に出さないと。
彼はあせりこそしないがのんびりと構えているわけでもなかった。
「お待たせしました。おでんになります」
「おっ。来た来た」
ほどなくして店主がおでんを持ってきた。深めの皿に盛られたおでんからはほのかに湯気が立っており、寒い季節にはありがたいものだ。
(まずはスープだな)
ダルケンはおでんのスープを一口飲み、舌で
(うん。合ってる)
自分が再現したおでんと比べ、それにマルを付ける。
最近王都最寄りの港を中心に、コンブを天日干しした後に煮込むと良い
スープは1日がかりで作るブイヨンやデミグラスソースとは比ベ物にならないほどの短い時間と手間のかからなさで取れ、しかも美味いという画期的なものだった。
そしてこのコンブ
(後は具材だな……)
大根や卵はそのままの形だからいいとして、問題は魚のすり身を使ったチクワやサツマアゲ、
および正体不明なガンモドキにコンニャクと言った具材だ。熱い具材をハフハフと言いながら口に運んだ。
(うん。チクワもサツマアゲも合ってる)
自分が研究して作ったチクワもサツマアゲも、この店の物に近い形に仕上がっている。合格点をつけてもいいだろう、という出来にはなっている。
(……このコンニャクとガンモドキは分からんな。まぁ無くてもいけるだろうが)
その一方でいまだに正体が分からず再現できないコンニャクとガンモドキがあるが、これを抜いても大丈夫だろうと踏んでいる。
(ジャガイモを入れれば具は5品になる。店で出すには十分だろう)
ある日の研究中に偶然手近にあったジャガイモを、似たような煮込み料理のシチューにも使うからと試しに入れてみたところ、これが意外と合った。
ホクホクのジャガイモは
(これで完成でいいだろう。あとは許可さえ下りれば、だな)
料理長の許可さえ下りればすぐにメニューに載せられるだろう。自慢じゃないが自信作と言えるものだ、いけるだろうとダルケンは確信していた。
「ごちそうさま。世話になったな」
ダルケンはそう店主にあいさつして店を後にする。
料理人というのは同じ店内で勤める相手だろうと出世競争で競い合うライバルである。
皆新レシピの開発や改良に余念がなく、作ったレシピは独占し命の次に手放さないものとして厳重に保管する。
見習い時代は先輩や上司の味を「盗む」ために色々と悪知恵を絞りだしながら格闘していた事もあったので、
(店主。すまないがまずはおでん、盗ませてもらったぞ)
その後、彼が勤める店に「おでん」なる新メニューが産まれ、特に冬場に売れる人気商品になるのだがそれはまた別のお話。
【次回予告】
「早い、うまい、安い」3つを兼ね備える料理が彼の前に出される。
第33話「牛丼」
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