第34話 オイルサーディン
最近とある貴族向けの料理屋で「おでん」を開発し、頭角を表しているダルケンとその妻、ミシャが精いっぱい着飾った格好で寒くなった街中を歩く。
今日は子供はダルケンの両親に預けて、2人きりだ。
「光食堂」のドアに取り付けられた鈴がチリンチリンと鳴り、客の入店を知らせる。
「いらっしゃいませ。あらダルケンさん、奥様と2人きりは珍しいですね。ご注文は何になさいますか?」
「オイルサーディンを2人分、それと白ワインをいただきたい」
「はいかしこまりました。少々お待ちを」
「オイルサーディン」
「イワシのオリーブオイル漬け」
メニューにはそう書かれている。大抵の酒と合うためおつまみに最適な料理だ。
厨房の奥に引っ込み、周りの目線が無いを確認すると缶をパカッと開けて中身のオイルサーディンを皿に盛っていく。
と同時に白ワインも空ける。コルクはきつく、女性の手ではなかなか開けられないが何とか開けて客に出す。
「お待たせいたしました。オイルサーディン2人前に、白ワインになります」
注文してからずいぶん早く来たのは、おそらく作り置きしているからなのだろう。そう思いながらフォークでイワシの身を刺して口に運ぶ。
旬の物が揚がったばかりであろうか? と言う位にイワシの身にはうまみがまとわれている。
しかも油には上質なオリーブオイルを使っているのか、油漬けなのに全然油臭くない。
白ワインとの相性もばっちりだし、その白ワインも多少酸っぱい程度で十分甘く、他所の店が出す「ほとんど酢のような」物とは格段に違う逸品だ。
「美味しいわね。この店の料理は」
「ああ。俺の腕でもこの店にはかなわんな」
「私たち、結婚してもう10年になるのね」
「そうだな。子供のころからの付き合いを考えたら軽く20年以上はするな」
ダルケンとミシャは幼馴染であった。
同い年なのもあってか子供のころからいつも一緒で、なんとなく一緒に過ごしていたら気が付いた時には結婚してて子供まで居た。というのが2人の言い分だ。
「結婚は人生の墓場」とは誰が言いだしたのかは分からないが、少なくともこの夫婦には当てはまらなかった。
「上の子ももう8歳だ。あとほんの数年で成人するだろうな」
「早いものねぇ。もうそんな年になるのね。ついさっきまでオギャーオギャーって泣いてた赤ん坊だと思ってたのに」
年を取ると時間が過ぎるのは早い。子供のころの1ヶ月は大人である今からすれば2年くらいはするほどのゆっくりとした時間だった。
「ダルケンさん。何かあるよね? 何かを隠してない?」
「やれやれ、バレたか」
ダルケンは本当はもっと話が盛り上がった最高のタイミングで出そうとしたものを妻にばれたので渋々出す。
「10年分の感謝だ」
ダルケンが差し出したのはルビーがはめ込まれた1対の銀でできたイヤリング。宝石のはまったアクセサリーは庶民には貴重なものだ。
「まぁ……随分高かったんじゃない?」
「まぁな。でも10年の記念にふさわしいようにずっと貯めてたんだ。それにこんな寒空でしか挙式できずに苦労を掛けた分の罪滅ぼしだ。受け取ってくれないか?」
「ありがとう……ダルケンさん」
2人が結婚したのは真冬の時期。
結婚に最適な晩春から初夏にかけての期間は式場はどこも「稼ぎ時だ」と高値のボッタクリ価格であり、
コネも血縁も無いただの平民である2人は式場が空く冬にしか挙式できなかったのだ。
(この店には感謝しかないな)
ダルケンは帰り際にそんなことを思う。
この店が無ければおでんを開発することもできなかった。
そして自由に使える金も少ないままで、10年目の結婚記念日に「1ランク上」の物を出すことはできなかっただろう。
「……ダルケンさん?」
「ああ、すまないミシャ。ちょっと考え事してた」
「すぐ黙って考え事をする癖は子供のころから治らないわね」
「うるさいなぁ。こういう性格なんだからしょうがないだろ?」
「ふふっ。そうかもね」
「とりあえずオヤジの家に寄って子供たちを迎えに行こうか」
「ええ。行きましょ」
夫婦は仲むつまじく寄り添いながら家路へと歩いて行った。
【次回予告】
今日は給料日で、光食堂においても書き入れ時。そんな中訪れた彼女はそれを頼む。
第35話「ビーフシチュー」
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