第22話 チーズリゾット
「へぇー。ここが
ウサギ型獣人のリリーに連れられてきた王都では珍しい人間の男は黒い髪を揺らしながら彼女とともに歩き、その店にたどり着く。
「……この看板の文字、もしや貴女が書いたのですか? なんとなく字の癖が似ていますが」
「あー、さすがはサイフォンの旦那。分かっちゃいますか。そうです、私が書き直したんです。
前のは店主が書いたんですがこの国の文字に慣れてないのか汚かったんですよね。メニューも私が書いてます」
「ほほぉ、そうですか。随分と気に入ってるようですね。では行きましょうか」
男はドアを開け、チリンチリンという鈴の音を鳴らしてリリーと一緒に入店する。
中に入ると10席ほどのカウンターテーブルに兵士やめかした格好を着た庶民らしき人達が座っていた。
「リリーさん。ここは大衆食堂ですかね? 私が見た限りはごく普通の店にしか見えませんが?」
「……と思いますよね? あそこ、よく見てください」
「あそこって……!? なっ!?」
その光景に、サイフォンの黒い瞳が大きく見開く。大衆食堂と思えるこの店としては明らかに場違いな貴婦人が座っていたからだ。
「これはこれは。ビスタ子爵夫人ですかね? 貴女の旦那様にはずいぶんとお世話になっておりますよ」
「その黒い髪……あなたは確かサイフォンね? 私の夫があなたを気にいってるみたいでよく話題に出てくるわよ」
「それは光栄な話ですね」
「このお店は初めてかしら? ここは変なところがあるけど出す料理はみんなおいしいから安心して良いわよ。
あなたも気に入ると思うわ。じゃあ私は先に帰るからね。ごきげんよう」
彼女は支払いを済ませて席を立つ。空いたイスに入れ替わるように彼は座った。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがしましょう?」
「私にはソース焼きそばを、彼にはメニューをお願いできるかしら?」
「はいかしこまりました。少々お待ちを」
サイフォンの隣に座ったリリーが注文する。ほどなくして彼女はメニューをもって彼に渡す。さっそく開いてみると……。
(……ずいぶんメニューが多いな。それに何だこの価格は? 庶民向けにしては明らかに高すぎるし、かといって貴族向けとしたら妙に安すぎる)
明らかにおかしい中途半端な価格に、やたらと多いメニュー。他の店にはない妙な点だった。
一応は大店の商人として不安に思いつつも彼はメニューを読み進めると……。
(ほほぉ。ピラフにチャーハンもあるのか)
彼の故郷では小麦は主に麺にして食べていたためパンは馴染み深いものではなかった。
代わりにコメを食べて育っていたため好みは自然とコメ料理になり、目に留まるのは主にコメ料理となる。
「決めた。店主さん、チーズリゾットを頼みます」
彼は料理を決めて店主に注文した。
「サイフォンさん、あえてコメ料理を頼むんですか?」
「ええそうです。この店のテストというわけですよ」
リリーたちが住むこの世界の王国ではコメは栽培されていない。
王都に出回るコメというのは全て輸入品で、そのどれもが鮮度が悪いのかボソボソとしていて味気の無い物ばかりだ。
そんなコメを使ってどれだけの物を作れるのか? 久しぶりに食うコメ料理でこの店のお手並み拝見というわけだ。
物腰こそ丁寧だがその目は挑戦的な光をともしていた。
「お待たせいたしました。チーズリゾットになります」
注文してからしばらく、店主が料理を持ってきた。出来立てなのか暖かな湯気がほのかに立っていた。
冷めないうちにとサイフォンはさっそくスプーンでリゾットをすくい、口に入れる。
「!!」
直後、彼はその素晴らしき味に
まず驚いたのは、コメの質。
よその店で出すような、一言で言えば「不味い」コメとは完全に別物でみずみずしくふっくらとしており、
この国の他の飯屋ではおろか、彼の故郷ですら1度も食ったことが無いほどの絶品だった。
(……コメはここまで美味くなるのか)
しばらくの間、そのうまさに呆然としてた。
「……サイフォンの旦那?」
「!! あ、ああ。すまない。大丈夫だ」
呆然としていたサイフォンをリリーが心配するが、気を取り直して食事を続けることにした。
具の鶏肉も鶏肉とは思えない程柔らかく、それでいて噛み応えを残す芯の強さも持っており、文句なく美味い。
さらに「チーズリゾット」と名乗ってるから当然チーズも入っているのだがそのパンチが効いていて食欲をそそる。
故郷を飛び出してからは食べなれていると言っていいチーズもこうすれば新しい味付けになるのかと感心していた。
この店のチーズリゾットは彼の人生において、間違いなく最も美味い料理である。そう断言できるほどの美味さだった。
「……すごい店でしたね」
チーズリゾットを食べ終えたサイフォンは店の感想をそう漏らす。
おそらくあの店で使ってるコメは、出回っている普通のものではない特別製のものであろう。そうでなければとてもじゃないが出せない味だ。
「また王都を訪れる機会があったら必ず行きたい店ですね」
彼の王都滞在は一時的なもので、すぐに商売のためここを発つ予定である。光食堂を知って以来、それを大いに寂しく思うようになった。
「大丈夫ですよ旦那。この味なら潰れることはまずないですから。帰ってこれたらまた食べれますって」
「……そうか。そうですよね」
サイフォンはリリーに励まされて、機会があればまた必ず来よう。と固く決意するのであった。
【次回予告】
何とかしてこの絶品料理を再現できないか? そう思って「研究」のために光食堂を訪れるものはダルケンだけではなかった。彼もまた「盗む」ために来ていた。
第23話「クリームシチュー」
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