第23話 クリームシチュー

「ふぅ。寒くなってきたな」


 ヒョウ型獣人で、とある貴族向けの料理屋で料理長を務めるクラウスは最近はコートを着るようになった。


 天候が「涼しい」というよりは「寒い」に近くなってきたからだ。


(こう寒くなってくると温かいシチューが売れるだろうな)


 もう少しで本格的な冬を迎えるであろう王都を歩き、いつもの店「光食堂」にたどり着く。彼が入り口のドアを開けるとチリンチリンと鈴の音が鳴った。




「いらっしゃいませ。あら、クラウスさんですか。ご注文はいかがしましょうか?」


「やぁ店主。クリームシチューをいただこう」


「前は結構ハンバーグを食べてたのに最近はずっとこれですよね?」


「まぁな。寒くなってくるとシチューが恋しくなるものさ」


 店に入るなりそれを頼む。最近はこればかり頼んでいるので少々食い飽きた気配もある料理だ。


 以前は毎週頼んでいたハンバーグは月1の給料日のみになり、その代わりに頼むことが多くなったメニュー。それがクリームシチューだった。




「お待たせいたしました。クリームシチューになります」


 待つことしばし。器に盛られてやってきたのは白くてとろっとしたスープに具が浮かんでいる料理。彼は早速料理を口にする。


(ふーむ。ミルクにバターに、あとは小麦粉か? それを……多分この配合か? うーむ……)


 シチューをすくったスプーンを口に入れるたびに分析を開始する。


 彼の中では大体のレシピは出来上がっているが、納得のいく出来にはなっていない。


 ここ最近は毎晩、ジグソーパズルの最後のピースを探す研究が続いていた。




(大体は出来上がってるが……まだ何かが、コクが足りないな。砂糖は入ってなさそうだ。塩でも入れてみるか?


 他にも何かが混ざってるな。デミグラスソースでも足してみるか?)


 舌を研ぎ澄ましながら料理を味わい、逆行解析を続ける。自分のクリームシチューではまだ頂に届かない。


 あと1歩から2歩、足りない何かがある。それを探そうと必死だった。


 もし彼がただの客だったら、クリームシチューの芳醇ほうじゅんなミルクとバターの香り、


 そしてその味を楽しんで笑顔になるものなのだが、彼は険しい表情を崩すことはなかった。


 彼のそばに子供がいたらおびえて泣き出しそうなほどの顔をしながらクリームシチューを食べ進めるとあっという間にシチューは無くなっていく。




「店主、クリームシチューのお代わりを頼む」


「はいかしこまりました。少々お待ちを」


 ここは料理屋だ、無くなったらまた頼めばいい。というわけでお代わりを要求する。


「……どうした? 若いの。そんな険しい顔をしながら飯を食ってて。何かあったのか?」


 その時、クラウスの隣に座っていた年老いた獅子型の獣人が好物のナポリタンを食う手を止めて声をかける。


 その装いから貴族、それもかなり高位にいるだろうと簡単にわかる相手だった。




「!! い、いやぁ、何でもないです。ただ『仕事中』だったものでして」


「ふーむ、仕事か。お勤めご苦労なことだな。食事の後は職場に帰って研究でもするのか?」


「ま、まぁそんなとこです」


 幸い、と言えばいいのだろうか。彼は博識で「仕事中だから」というクラウスの一言で大体の意図は汲んでくれたようだ。




 結局クラウスはこの日もクリームシチューを2杯平らげた。


(舌が味を覚えている間に早いところ研究しなくてはな)


 クラウスは日が短くなってきたせいか、日没が早くなった街を家路へと急ぐ民衆とは逆の方向に歩く。


 彼の中では8割がた完成していてあとは枝葉を仕上げるだけ。


 本格的に冬が来るまでに間に合えば店が大きく繁盛することだろう。


(店主にはすまないが、盗ませてもらうぞ)


 必ずこの絶品料理を再現して見せる。野望と言えば大げさかもしれないが、そんな決意を秘めながら彼は研究のために厨房に戻るのであった。




【次回予告】

半年がかりの大仕事を終えて、その記念に彼女はいつもと違う料理を頼む。


第24話「フルーツミックス」

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