第21話 カレーライス(甘口&中辛)
秋本番を迎え、涼しい空気の気配が感じられる頃になった旧市街地区を、1組の男女が歩いていた。
女は茶虎の猫型獣人であと2~3年で結婚適齢期になりそうな若い少女と言ってもいい年齢で、華やかな色で染められたドレスとアクセサリーで彩られていた。
男は作りはいいが地味な衣装で、少女の荷物を持って歩いていた黒猫型獣人だった。
目的の店、光食堂の前までたどり着くと、彼女はドアの前に立つ。
「さ、扉を開けてちょうだい。まさかレディにドアを開けさせるような真似はしないよね?」
「分かっておりますよお嬢様」
さっきまで少女の後ろを歩いていた若い男は彼女の前にサッと出て扉を開ける。チリンチリンと鈴の音が鳴り扉は開いた。
「ではお入りくださいませお嬢様」
「よろしい」
使用人の態度には合格点を出しつつ彼女は店の中に入っていく。彼も彼女の後に続いた。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがいたしましょうか?」
「お嬢様にカレーライスの甘口と、私に中辛をお願いします」
「甘口には鶏肉のから揚げを3つ付けてくださる?」
「かしこまりました。少々お待ちいただけますか?」
そう言って店主である人間の女は厨房に引っ込む。週1~2回この店に来るから見慣れた光景だ。
見回りの休憩に来たであろう兵士や着飾って背伸びした庶民、
それに確か傭兵でありながら騎士の称号を授かった「傭兵騎士」とかいう者がいることまで含めて。
しばらくして……
「お待たせいたしました。カレーライスの甘口と中辛になりますね」
2人の前にことり、と料理が置かれた。漂ってくるのは様々な種類のスパイスからなる独特な、それでいて食欲をそそる異国の香り。
彼女は早速スプーンでルーとライスをすくい、口に運ぶ。
(やっぱりカレーは甘口よね)
カレーは程よい辛さの甘口に限る。それが彼女の学びだった。
以前、中辛を頼んだ時に彼女の舌には辛すぎて食べれない体験をしたため、特にそう思う。
それに普段揚げ物は控えられている彼女にとって追加で「鶏の唐揚げ」という揚げ物を食べられるというのもまたいい。
いざという時は「カレーを注文した」とだけ言ってごまかせるというのもありがたい。
一方、連れの男の味は中辛。最初に甘口を食べさせたところ甘すぎて締まりがないと文句を垂れたので、それ以来中辛を食べさせている。
「ね、ねぇ。せっかくの2人きりなんだから何か面白い話しなさいよ」
「またそれですか。思いっきり庶民の話になりますが良いですか? 最近王都にやってきた旅芸人の一座がいまして、その芸が結構面白いですよ」
「ふーん、そうなんだ」
彼女のような貴族にとっては芸術家というのは「所有する」ものだ。
芸を「見に行く」こと自体が庶民の発想なので彼女には今一つピンとこないのだが、それでも彼と話が出来るだけでもうれしいものだった。
「あ、そうそう。ちょっと聞いて!
お父様が私の家庭教師を別の人に切り替えたんだけど、その人が私の事を品定めするような目で見ていて気持ち悪いのよね。
お父様が頼りにしている人だから断れないのがつらいのよね」
「それは大変な話ですね。御父上にはご相談なさらないのですか?」
「爺やに相談したら「御父上のメンツをつぶさないようにしてくれ」って言われてそれっきりなの。信じられる?」
家にいるときは彼は「使用人の1人」なのだが、ここにいるときだけは「2人きり」になれる。それも父親や母親、執事の爺やの視線も気にせずに。
もちろん、家にいる専属シェフが作る普段の料理にすら勝てるのでは?
と思わせる絶品料理を食べるのも大きな目的の一つだが、彼女にとってはそれよりも「2人きり」になることが、この店を通い続ける大いなる理由だった。
「ごちそう様。また来るわ」
「はいありがとうございます。またのご来店をお待ちしています」
本来なら店主がドアまでやってきて開けるものなのに……とは思うが
彼女が1人で店を切り盛りしている以上、そこまで気が回らないというのはあるだろう。彼女は大目に見た。
「その……今日もありがとう……ね」
「礼を言われることはしていません。これが仕事ですからね」
「そ、それはそうだけど……バカッ」
予想していた答えが来て多少不機嫌になる。
(厄介な相手に惚れられたものだな。まぁいいか)
その一方で彼女の使用人という男は半年前から「娘に悪い虫がつかないように嫁に行くまでの間かりそめの恋人役をやってほしい」という
雇い主からの命令に従っているだけだった。
もちろんそれに対して半分は忠義心から、半分は光栄な事だと思ってはいたのだが。
【次回予告】
光食堂に新たな客がやってくる。彼の好みはコメ料理であるらしい。何を選ぶのだろうか?
第22話「チーズリゾット」
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