第20話 天津飯

 秋も深まってきたころの休日の昼間、という飯を食うには絶好な時にラルは光食堂の中にいた。


「天津飯……ねぇ」


「ライスを卵とあんで包んだ料理」


 と説明書きがされている料理に、鳥型獣人のラルは目を止めた。最近メニューに追加されたのであろう、なじみの薄い料理だ。


「ふーむ、卵を使った料理か」


 この店の料理はやたら高いが卵を使った料理、となるとある程度は高くなるのは仕方のない事だろう。




 この世界の住人にとって、卵はなかなか高価な食材である。


 ニワトリ自体は毎日1個は卵を産むよう品種改良はされているが、鶏舎けいしゃ内に必ず産むかは分からないので安定した数を採る事が出来ない。


 それに放し飼いの最中にオオカミなどの野生動物に食われて死んでしまう可能性もあるのでニワトリ自体がなかなか希少なのだ。




「よし決めた。店主、この天津飯なる料理を出してくれ」


「はいかしこまりました。おかけになってお待ちください」


 ラルは注文する。卵料理は春の収穫祭以来で久々に食うものだ。少し期待しながら待つ。




「ふーん、天津飯ねぇ。あんが甘くてちょっとしょっぱいのが結構いけるわよ。まぁソース焼きそばには勝てないけどね」


「へぇ、そうか。この店じゃ俺の先輩だけあって色々知ってるんだな」


「ふふっ、先輩かぁ。偉そうに言える立場じゃないけどね」


 自分やマクラウド同様にこの店の常連客である、見た目からして商人であろう身分の女、リリーと話をしながら待つ。


 しばらくして……。




「お待たせいたしました。天津飯になります。あとそちらのお客様にソース焼きそばですね」


 店主が料理を持ってきた。


 山のような形になっているネギらしきものが入ってる黄色いもの(おそらくこれが卵であろう)に、


 とろみのついた茶色いスープ、その上に赤い何かが2~3個散らされていた。




「なぁ店主。この赤いのはなんだ?」


「それは『カニカマ』って言ってカニの身を再現した魚のすり身です」


「ふーん。魚のすり身ねぇ」


 気になったそれをスプーンで器用にすくい、食べる。


「へー。こういう味か」




 最寄りの港町から歩いて2日はかかる王都ではカニを食う機会などまず無いため、本物を食べたことは無いが割と淡白な味だった。


 疑問は解決したので本題にかかる。このとろみのついた茶色い液体が「あん」なのだろう。それだけをすくって飲む。


「おお。美味いな」


 甘く、そしてほんの少ししょっぱい、それでいてうま味のある何でできているのかはわからないがとにかくいい味がするものだった。


 パンに合うかどうかは微妙だが、美味い。




 今度は黄色い山の端っこを崩し、口の中に放り込む。


 口に広がるのは、卵の味。卵料理なんて収穫祭の日ぐらいしか食ったことは無いがそれよりもより洗練された卵の風味が感じられる。これも文句なく美味い。


 山をさらに切り崩すと白い何かが出てきた。これがライスだろう。あんも卵も美味ければ安心して口の中に入れられる、そう思いためらわずに口の中に入れる。


 水分を含み、ほのかな甘みすらある炊き立てのライスの味が広がった。




 戦果の高さから傭兵でありながら騎士の爵位を授かり、国に召し抱えられた男が言うには


 「この店のライスを食ったらよその店のライスなんて食いたくなくなる」と言っていたが、なるほどそれもうなづける味だ。


 しっとりと水分を含みそれでいながらほのかに甘いこの店のライスは、よその店で出すボソボソとした味気無い物とはまるで別物。


 卵、ライス、そしてあん。それを3つに分けたとしても十分美味い素材が三位一体となって1つの料理としてまとまっている。


 当然不味いはずがない。やはりこの店の料理は特別だ。




「ごちそうさま。また来るよ」


 ラルとリリーは料金を払い2人揃って店を後にする。


「やっぱりこの店は特別だな」


「そうね。私たちが会えたってだけでも特別な店よね。お昼も食べたしこれからどこ行こうか?」


「最近いい劇をやってる芝居小屋があるんだ。行ってみないか?」


「うん! 行く行く!」


「お互いによく見かける常連だから声をかけてみた」そこから始まった2人は秋の深まる街中を連れ添うように歩いていった。




【次回予告】

とある令嬢が使用人を連れながら街中を歩く。お目当ての店は「光食堂」そこで出しているとある料理を食べにやってきたのだ。


第21話「カレーライス(甘口&中辛)」

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