第15話 ハンバーグ

「ようダルケン」


「あ、クラウス料理長殿。何でしょうか?」


 仕事の終わりにダルケンはクラウス料理長に呼び止められる。


「最近のお前、腕が上がっているそうじゃないか。お前担当の料理が上手いと評判だぞ」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


「せっかくの給料日だ。美味い飯を食いに行こうじゃないか。俺のおごりだ、食ってけよ」


「!! ぜ、ぜひともお供させていただきます!!」




 涼しい秋になった夕暮れを背景に歩いていくと、賑わいのある新市街地区から人通りがぱたりとなくなる静かな旧市街地区へと景色が変わっていく。


「料理長、こんなところに美味い料理屋なんてあるんですか……? あ! ここは!」


「ん? 何だお前、知ってるのか?」


「月1~2回通う店です」


「へぇ。こりゃ驚いた。お前もこの店に通ってるとはな」


 2人は並んでドアを開け、チリンチリンと鈴の音を鳴らして店に入っていった。


 店はいつものように人間の店主が1人で切り盛りしていた。彼女は2人を見て近づいてくる。




「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」


「いつものようにハンバーグとパンを……今日はそれぞれ2人前ずつ頼む。


 それと今日は赤ワインがあるならそれもいただきたい。大丈夫、今日は給料日だ。カネならあるぜ」


「はいかしこまりました。席におかけになってお待ちいただけますか?」


「ああわかった。そうしよう」


 馴染みの客らしく、流れるように注文を出し席に着いた。




「はぁ。ハンバーグですか」


「? どうした?」


 テンション高めのクラウスに対し、ダルケンは水をぶっかけられたかのように冷ややかな態度であった。


 クラウス料理長はヒョウ型獣人だから肉が好物だというのは分かっている。しかし、よりによって……ハンバーグだ。


「ハンバーグってことは『き肉料理』なんですよね? いくらこの店とはいえ挽き肉料理は……」


 たぬきそば以外のメニューはざっと見ただけだったが、ハンバーグは「牛のき肉を使った料理」というだけで「論外」だった。


 ダルケンにとってはそれくらい「挽き肉料理」というのを信用することができなかった。




 この世界においてき肉というのは何が混ざっているのかわかったもんじゃない。


「サンダルの底」等と言われる年老いてうま味が抜けて固くなった牛の肉が使われているのならまだ良い方。


 最悪の場合、傷んだ肉や腐りかけの肉が混ざっていることもありえる。


 そのため肉屋は身の潔癖けっぺきを主張するために店の外でソーセージを作るパフォーマンスをしているという。


 そんな事情もあって彼は挽き肉料理は食べようとしなかったのだ。




 ダルケンにとって「たぬきそば」を出す店ならば少なくともハズレを引くことはないとは思うが、


 この世界の常識が彼にその料理を信じさせることがどうしてもできなかった。


「ダルケン、お前が不安なのはわかる。でもこの店の物は別格だ。食えばわかるが文句なしに美味い。厨房を仕切ってる俺が言うのだから間違いはないぞ」


「お待ちどうさまでした。ハンバーグと付け合わせのパン2人分、それに赤ワインです」


「お、来た来た!」


 2人に出されたのはおそらく出来立てなのだろう、赤黒いソースがかかった湯気が立つ程温かい肉の塊、それに付け合わせのパンと澄んだ赤いワイン。




「店主、今日のも美味そうだな!」


「ふふっ、ありがとうございます。ではごゆっくり」


 運ばれてくるなり早速肉にかぶりつくクラウスをよそに、ダルケンはまずはハンバーグにかかっているソースをパンでぬぐい、口にする。


(おお! 美味い! このソースだけでも相当な出来だぞ……)


 かかっているソースは見た目や味からしてデミグラスソースでほぼ間違いないだろうが、味の洗練具合は群を抜いている。


 自分にはもちろんの事、クラウス料理長ですら出せるかどうか怪しいところだ。


 付け合わせとして注文したパンにソースをぬぐって食べるだけでも十分「ごちそう」と言えるものだ。


「オイオイ、この期に及んでまだためらうのか? 食えよ。味は俺が保証するから大丈夫だ」


「……そこまで言うのなら」


 ダルケンは上司に言われるがままハンバーグにナイフを入れ、フォークにさして口に運び……絶句する。




(!! ……これが、挽き肉料理だって!?)


 普段知っている挽き肉料理など、到底料理とは言えない代物になってしまう。それほどの美味だった。


(一体どうなってるんだ……? 牛の肉にしてはずいぶん柔らかくてうま味も脂も乗っているぞ)


 驚いたのは、その肉質。年老いて子種も乳も尽き、労働もできなくなったのを「廃棄処理」同然で処理した牛の肉では、逆立ちしようが絶対に出せない肉の味だ。


 どこで聞いたのかは思い出せないが、おそらくは余分に産まれ過ぎた牛を丁寧に肥育したものなのだろう。


 噂ではあるがこうした労働や搾乳をさせずに育てた若い牛の肉は


 普段食べている牛の肉とは思えないほど柔らかくうま味のある美味で、王侯貴族の食卓にも供せられる程……らしい。




(店主はこんな肉をどこで手に入れているのだろうか……分からんな)


 たぬきそばのスープの出所と言い、この肉と言い、この店には大きな謎がある。


 休暇で休んだ際には1日中店を監視していたが、バックヤードから食材を仕入れている気配がなぜか無いのだ。


「オイオイダルケン、そんな険しい顔すんなよなぁ。もっと食って飲めよ。せっかくの給料日なんだぜ?」


 ワインを飲んで軽く出来上がりかけの上司が絡んできた。酒に弱い癖に妙に酒好きという彼の事だ、ワイン数杯ですぐにグデングデンに酔っぱらうだろう。


(上には上がある……か。誰が言ったかは分からないが本当だな)




 おそらく店主は自分はおろか、目の前の料理長すら上回るほどの腕前、そして何かしらのコネを持っているだろう。


 そうでなければこんな肉を仕入れられるわけがない。謎は深まるばかりだ。


 おまけに一緒に出された赤ワインも多少酸味はあるものの、一般的に出回っているワインからすれば


 だいぶ上物だと言える代物で、値段の割にはずいぶんと品質が良い物だった。




(……この店の店主、何でこんな料理が出せるのに宮廷料理人にならないんだろう。不思議だなぁ)


 正直、これほどの料理を出せる腕に一流の食材を入手できるコネもあるのに、なぜ「一介の店の主」という器に収まっているのだろう?


 という疑問が残る。上を目指すのならもっともっと行けるはずなのに。


「ダルケ~ン。せっかくうまい飯食った後なのにそんな渋い顔すんなよなぁ~」


「あ、いえ、ちょっと考え事をしてまして」


 すっかり出来上がったクラウスが絡んでくるが軽くいなし、考え事をしながら共に歩く。


(これからはたぬきそばばかりじゃなくてたまにはハンバーグでも頼むか)


 この店の味、たぬきそば以外にももっと盗ませてもらう。ダルケンはそう決めたのだった。




【次回予告】


その料理は「カレーにうどんを足した」のか、はたまた「うどんにカレーを足した」のか。無論味の保証はあるのだが。

第16話「カレーうどん」

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