第14話 たぬきそば

「……こんなものか」


 タヌキ型獣人であるダルケンはこげ茶色の髪をくしでとかして髪形を整えている。


 息子2人には祭りの時等に使う晴着を着せて、玄関で待つよう言いつけている。


 もちろん子供たちだけでなく自分たちも夫婦そろって精一杯、高級そうに見える服を着て臨む。


 なにせあの店はお貴族様もお忍びで通う程の絶品料理を出す店だ。万が一出会っても良いように体周りを整える。




「ミシャ、そっちは?」


「待って。もうすぐ化粧終るから」


 妻のミシャは安物ではあるがファンデーションで肌を整え、口紅を差す。


 普段は家計のためにと化粧らしい化粧はしないがこの時だけは別だ。




「よし、こんなものかな」


「ママー、早くいこうよー」


「行こうよ行こうよー」


「ホラホラお前らごねるんじゃない。キレイになったママをほめるんだ」


「えー?」


「ええー?」


 まだ8歳に6歳という年齢では女心という物は分かるわけがない。


 それでも父親は息子たちに知ってる限りでの紳士のたしなみというのを教えるのは忘れない。


 そんな母親は女心をまるで理解できていない息子2人に年齢の事はあるもののちょっとショックを受けたのだが。




 背伸びして買った新市街地区にある自宅を出て歩くことしばし、人でごった返す街並みも旧市街地区に入るとぱたりと人通りはなくなる。


 そこを歩きお目当ての「光食堂」にたどり着く。


 チリンチリンという鈴の音を響かせて家族4人は店内へと入っていった。




「いらっしゃいませ。ご注文はいかがしましょう?」


「いつものようにたぬきそばを3人分、それに空の器を1つ頼む」


 常連らしくいつも通りの注文を出す。


「わー。へいたいさんだー」


「へいたいさんだー」


 8歳と6歳の兄弟はそろって兵隊に興味を示す。このころの男の子らしい反応ではある。


 そんな2人をたしなめ、ダルケンは妻と最近の仕事の話やママ友の間で話題の話をしながら待つ。




 光は料理を始める。魔法瓶の中からお湯を注ぎ、たぬきそばのカップ麺の中にそそぐ。


 数分後、出来上がったたぬきそば3人前をどんぶりに移し替え、テンカスを散らして完成だ。



「お待たせしました。たぬきそば3人前と、空の容器ですね」


 注文をしてからしばらくして、彼女がどんぶりに盛った濃い茶色のスープに麺状になったソバ、それに「テンカス」なる具が入ったものが3つ出してきた。


 その中の一つを半分に分けた後、家族はそろってフォークを持ち麺を絡めて食べる。


(うん。美味い)


 いつもの事だが、美味い。


 一応はプロの料理人の端くれである彼が味を認めるのはある種敗北宣言ではあるものの、嘘をついてまで認めないほど腐ってはいない。




(しかしこの発想には参ったなぁ。ソバを麺にするとはなぁ……)


 この国でもソバは良く育てられており、ありふれた食材として広く流通していた。


 だが粉にする前のソバの実を煮てかゆにしたり、あるいは粉にした後ガレットと言って薄く伸ばして焼くのがせいぜいで、パスタのように麺にして食べるという発想はなかった。


 こうして形にして出されれば「ありそうでなかった」と言える料理ではあるが、そうでなければ誰にも作れない料理だろう。


 と普段雇われの身ではあるが厨房の料理人として腕を振るうダルケンはカンを働かせていた。




(それにこの「テンカス」も新しい料理に使えそうだな)


 続いて口にするのは水で溶いた小麦粉を油で揚げた「テンカス」なる具。


 店主が言うには、これがたぬきそばの語源となったものであり「タネ(具)を抜いた『タネぬき』がなまって「タヌキ」になった」らしいが、


 この具はスープを吸い込む前はカリカリした食感、吸い込んだ後は吸収して閉じ込めスープのうま味を楽しめる2つの楽しみ方がある。


 これもまた新しい料理のアクセントに使えそうな気がしてならなかった。


 それに、家族全員「たぬき型獣人」であるのもこの「たぬきそば」に親近感を持っている理由の1つでもある。




(そしてこのスープ。これが謎だな)


 最大の謎は、今まで飲んだことのない、それでいて猛烈なうま味を持つスープ。


 これこそがたぬきうどんの味の決め手だろうといえるものだ。


 今までにこの店で何杯も食べてはいるがその正体はいまだにわからない。


 ダメ元で思い切って店主に聞いてみたがやはり「言えません」と言われて断られてしまったのだ。


 冷静になってみると料理人たるもの自分の商売のネタを自ら進んで明かすもの好きなどいるわけはないのだが。




 色々あったが楽しい宴にも終わりが来る。家族全員満腹になるまで料理を食べ終えたのだ。


「店主、勘定はここに置いとくぞ」


 この店では平均より少し下に入る、銅貨20枚が3つで計60枚。それを銀貨1枚と銅貨10枚に分けて支払う。おかげで財布はだいぶ軽くなった。


「ふぅ。おいしかったわね。もう少し安ければ助かるんだけど……この味じゃ仕方ないね」


「そうだな。俺が再現出来たらいくらでも食わしてやれるんだがなぁ」


「パパつくってー!」


「つくってつくってー!」


「ハハッ。分かったよ。作ってやるから待ってろよ」


(店主には悪いが……盗ませてもらうぞ)


 いつかは自分の手でたぬきそばを再現させて、子供たちに食わせたい。そう思いながら家族と一緒に家路についた。




【次回予告】


光食堂にはき肉料理もあった。だが彼は挽き肉料理というだけでその料理を拒絶していた。

第15話「ハンバーグ」

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