第9話 コーヒーゼリー

 優雅なシャム猫型である見た目に負けない程の位を持つビスタ子爵夫人が街中を歩いていた。目的地はとある店。


 どんなに忙しくても週3度は散歩の時間を設けるようにしていた夫人が、


 気まぐれに普段歩かないルートを選んだ際に偶然見つけたのがこの店である。


 ドアノブに手をかけ、チリンチリンという鈴の音を聞きつつ彼女はこの店馴染みの客となる。


「御機嫌よう。店主さん」


 この辺りでは珍しい人間の女に挨拶する。




「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


「いつものようにコーヒーゼリーを3つ頂けるかしら?」


「はい。少々お待ちください」


 注文をすると店主は店の奥に引っ込み、すぐにお目当てのものを持ってくる。


 どうやらコーヒーゼリーは作り置きしているらしく、待たずにすぐ出てくるというのも彼女が気にいっているところである。




「お待たせいたしました。コーヒーゼリー3つになります」


 ゼリーと呼ばれるプルプルした黒い不思議な形状をした物体が3つ。これこそ彼女が頻繁に店に通う理由である。


 ビスタ子爵夫人はその黒い物体にスプーンを入れる。


 ゼリーはほとんど抵抗する事無く切り取られる。


 良く冷えたコーヒーゼリーを口に含むと少し噛むだけで砕け、喉をするりと通り抜け口と喉を冷やす。


 この感覚がたまらなく、いつしかこの店の常連となった。




(それにしても一体、どうやって作ったのかしら?)


 この料理を通してビスタ子爵夫人が出会ったのは、2つの驚き。


 まず1つは「コーヒーは冷やしてもおいしい事」である。


 彼女の、というか今までの世間一般の常識はコーヒーというのはいれたての熱いうちに飲む物であり、


 さめてしまうと酸味が出てまずくなってしまう。というものだった。


 だがこれは「さめた」どころか「冷やした」物であり、それでもコーヒーの香りと味が損なわれないというのは大きな衝撃だった。


 それを真似していれたてのコーヒーを冷気の魔法で急速に冷やすと似たようなものが作れた。


 キンキンに冷えたそれはコーヒーの香りと味を残したまま、するすると飲める飲みやすさを持っていた。


 今年の夏に新商品として売り出そうと最後の追い込みにかかっており、販売が開始されれば大ヒット間違いなしとまで言われている。




 そしてもう1つは「液体を固める技術」である。


 水分が多いからプルプルとして軟らかいが、それでも固まっているゼリーは数多くの食料品を扱う商人であるビスタ子爵夫人ですら未知の物だった。


 だが、そうするわけは食べてみればわかる。口に含めば抵抗する事無く砕け、つるんと喉を通り、涼しさを演出するのだ。


 特にこれから暑くなる夏場に、ひと時の涼しさが欲しい時にはうってつけの品だった(もちろん冬場であっても十分美味いだろうが)。


 残念なのは、液体をゼリー状に固める技術は王都中の料理屋や商人を当たったが無く、


 今のところここ以外では王都にすら無いもの、という事だ。


 どうやって作るかは研究はしてるがまだ始まったばかりで、同じものが作れるようになるのは当分先になるだろう。




 またこの器も興味深い。透明ではあるがガラスではなく、それよりも軽い謎の素材。


 これも研究すれば面白いものが出来ると直感し、何とか譲ってくれるよう頼み込んだが「備品なんでお売りできません」と断られてしまった。


 やろうと思えばもっとえぐい手段を使う事も出来たが、店主との今の関係を壊したくないのであまり深入りはしないようにしている。




「ふう、御馳走様。店主、勘定をお願い」


 ゼリー3つを食べ終え、支払いをする。

 

 コーヒーゼリーはこの店の中では比較的安く、銅貨で17枚。3つ食べたので合計で銅貨51枚、それを銀貨1枚と銅貨1枚ずつに分けて支払う。


(これだけの物をこんな安い値段で出してしまうなんて……良いのかしら?)


 庶民が食う店としては大分高いが、自分のような貴族が食べる店としてはかなり安い値段だ。


 コーヒーゼリーは3個でほぼ銀貨1枚という事になっているがもし「1個で銀貨1枚」だったとしても喜んで払うだろう。


 それだけの価値はあると思ってる。




「また来ますのでその時はよろしくお願いしますわね」


「はい。いつでもお越しください。またのご来店、お待ちしております」


 別れ際に挨拶して店を後にする。この店は特別だ。この店無しでは気づけなかったことに気づかせてくれた。


 それだけでも十分価値はある。これから冷やしコーヒーでさらなる売り上げを稼ぐきっかけをくれた恩人でもある店だ。


 出来るだけ長く続いてほしいな。今でてきた店を振り返り、尻尾を少し揺らしながら願った。




【次回予告】


その日、彼女は自分がメシマズ女だというのを分からされた。

第10話「メシマズ女の偽料理人録」

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