第10話 メシマズ女の偽料理人録

 ある日の平日、光は仕事帰りに電話してきた彼氏の家に寄ることにした。


 いつもお前が料理してくれるからたまには俺が手料理を作ってやると息巻いていたのでそれなりに期待していたのだが……。




「うわ! なにこれ!」


 パスタはオリーブオイルまみれでギトギトになっており胃にもたれる。


 幸いオリーブオイルを使ってるから油臭さは多少はマシとはいえ食える代物ではない。




「オリーブオイルを回し入れしたんだ」


「もう! 何でもかんでもオリーブ入れればいいってわけじゃないんだからね! で、このスープは……うわっ! 塩辛!」


 付け合せのスープは塩がかなりの量が入っているらしく恐ろしく塩辛い。まるで海水を飲んでいるかのような感覚だ。


「夏で汗かくだろ? だから塩分を多めに入れたんだ」


「バッカじゃないの!? いくらなんでもやり過ぎよ!」


 その後も出される料理出される料理、全てまずかった。いやまずい以前に、食べられない。




「ごめん。ギブ。食べられる物じゃないわ。っていうかアンタこんな酷いものを大好きな人に食べさせるなんて正気なの? 味見くらいしなさいよ!」


「……」


 彼氏が黙って冷蔵庫からタッパーを持ってきた。それは、2日前に光が彼のために作った手料理だった。


「俺は嘘をついていた。俺が作ったってのは嘘だ。これは全部お前が作った料理だ」


「嘘……嘘でしょ!? 嘘って言ってよ!」


「これで分かっただろ? お前はメシマズ女なんだよ。もうお前とは付き合ってられん。じゃあな。2度とそのツラ見せるなよ」


 光の恋は、終わった。



◇◇◇



 私は小さいころから料理人になるのが夢だった。


 物心ついた時にはすでにその夢をかなえようと包丁を握っていた。


 だから正直、私はイケてる方だと思っていた。


 高校卒業後すぐに通い始めた料理学校を中退され、働いている店ではずっと皿洗いなのは


 自分の才能を見抜けない店長や学校の目が曇っているからではとさえ思っていた。


 でも付き合っていた彼氏に自分の料理を食わされたあの日以来、私はメシマズ女であることが分かってしまった。


 ついでに言えば何故料理学校を中退され、働いている厨房では包丁すらまともに握らせてくれないのかも。


 校長や店長の目はふしあなではなかったようだ。




 そんな中、帰省していた実家の物置で私が幼かった頃に伯母おばさんがくれた魔法の靴を見つけ、


 異世界が地球でいう所の中世程度の文明であることを知り、


 この世界の住人にとってはインスタント食品が「神の園の食べ物」と言える位美味しいものであるのを知った時、私は負けた。


 この世界の文字を覚え、役所に店を出すための届けを出し、ガスコンロに魔法瓶、電子レンジやガス発電機、クーラーボックスを持ち込み、


 お湯を入れるだけのカップうどんやカップ焼きそば、電子レンジでチンするだけの冷凍食品を自作の料理と称して売る商売に手を染めてしまった。


 料理人になって自分の店が持てるという夢……いや欲望と言っていい渇望に、負けてしまったのだ。




 罪悪感は全くないわけではなかった。人を騙しているという意識はあった。それでもうれしかった。


 ほんの少し手をかけただけとはいえ「私の料理」を美味しい美味しいと言って食べてくれることが心の底から嬉しかった。


 客の笑顔を見ている間は罪の深さを忘れられる気がした。


 いつまでも続けられるものではないとは分かっている。いつまで続けられるかはわからないが、いつか私は公衆の面前で罰せられるだろう。


 でも、詐欺師と呼ばれて翼がもがれるその日までは、夢の中で生きていこうと思う。




【次回予告】


馴染みの店に通おうとしていたビスタ子爵夫人の前に、昔の知り合いが現れる。

彼女を誘って店に行くが友人が頼んだものはこの世界の常識からは外れたものだった。


第11話「サバの味噌煮」

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