第7話 ソース焼きそば
「へぇ。ここが兵士たちの間で噂になってる料理屋かぁ」
春も深まり暖かい空気に包まれる季節に、ウサギ型獣人で商人であるリリーは桃色の髪と同じ色をした耳をピンと立てて店の前に立つ。
城の兵士たちを中心に広まっている、値は張るがとてつもなく美味いメシを出す店の噂。それを聞きつけてやってきたのだ。かつての猛将『猛獅子』ライオネル元将軍も常連だというが……
(なんていうか……普通の店ね。いや、もしかしたら普通以下かも)
外見からは普通のメシ屋にしか見えない……いや、看板の字が下手くそなだけにちょっと不安になるたたずまいだった。まぁ考えても仕方ないとドアに手をかけ、チリンチリンという鈴の音と共に入店した。
「いらっしゃいませ」
リリーの事を店主であろう人間の女が出迎える。
「とりあえずメニュー見せてくださる?」
噂話によればここは外国の料理を出してくる店らしく、普通の店で出す料理は一切置いていないという。店主はいったん裏に引っ込み、すぐに厚手の紙を持ってくる。
「お待たせしました。メニューを持ってきました。お決まりになりましたらご注文ください」
幸い店主がすぐにメニューを持ってきてくれた。噂通り大衆向けの料理屋にしてはやけに多いメニューに、説明書きを見ても今ひとつピンと来ない食べ物の数々に強気の価格設定。
どれを見ても当たりのようで、ハズレのようでもある。決め手になる物は……無い。
(これを使おうかしら)
そう思い、彼女は懐から年代物のサイコロを取り出す。何でも幸運の女神の祝福を受けた幸運のサイコロで迷った時はこいつに賭けろ。と父親から託された物だ。
実際当たっても外れても大したことない小さな事に関してはうまくいったことはそこそこある。そんなものだ。
(1が出たらソースかつ丼、2が出たらみそラーメン……6が出たらソース焼きそばね)
メニューからサイコロの目の数だけ適当にピックアップして、彼女はサイコロを振る。6が出た。決まりだ。
「店主、このソース焼きそばって奴をお願い」
「はい、かしこまりました」
彼女は注文を飛ばし、店主は調理にとりかかる。
リリーはキョロキョロと店の中を見る。席はカウンター席が10席ほどのこじんまりとした店で、他の店員はおらず店主1人だけで切り盛りしているらしい。
外からの見た目もそうだが、中身も大して変わりない普通の店だ。何が他の店と違うのだろう? そんな疑問に答えるかのように、店主が料理を持ってきた。
「お待たせいたしました。ソース焼きそばになります」
「うわ……何この匂い!」
リリーは思わず声をあげる。皿に盛られた麺は「炒めた麺と具にウスターソースをかけて味付けした料理」と説明書きにあったから炒めたのだろうが不思議な事に麺は水気が多く、焼き目も一切ない。
だがそんなことなどどうでもよくなるほど、どう転んでもおいしそうなウスターソースの香りが広がる。鼻を近づけて吸い込むとそれがより強く感じられ、空腹の腹を強烈に刺激して食欲をかきたてる。
(もう我慢できない!)
リリーはフォークで麺をからめとり、口に運ぶ。
口の中に広がるのは、深いソースの味。商人としてはそれなりに大きいところに勤めており、人並み以上には珍味を知っている彼女ですら完全に未知、しかしながらとてつもなく美味しい味で1発でとりこになった。
食べ盛りの男のようにがっつき、あっという間に焼きそばの半分が無くなってしまう。
「ふぅ。美味しいわ。これ」
「ふふっ、そう言ってくれるとうれしいですね」
まんざらでもなさそうに店主は笑う。それを見てふと我に返るが既に遅い。
少しだけ食べるペースを意識して落とす。少しでもこのソースを味わいたいがために。
(ソースもさることながらこの麺もかなり上質ね)
炒めたとあるがまるで茹でたかのように水気を含んだその麺は雑味が一切無く、絡んだソースの味をより引き立てこそすれ邪魔はしていない。この麺もかなりの高級品とみて間違いないだろう。
(噂以上の店ね。これだけの料理を出すならこの値段も納得がいくわ。いや、むしろもっと取っても良い位だわ)
皿に盛られた焼きそばを食べ終え、銅貨で26枚という代金を払う。そして彼女が店を出ようとしたときに、それは起こった。
入り口のドアが開き、チリンチリンと鈴の音が鳴る。その音の主にリリーは大いに驚く。
「御機嫌よう。店主さん」
「あ、いらっしゃいませ。ご注文は?」
「いつも通り、コーヒーゼリーを3つお願いいたしますわ」
(あれは、爵位持ちの豪商ビスタ子爵夫人!?)
お忍びだろうか。子爵夫人が部屋着の様な飾り気の無い簡素、だが見る人が見れば一流の素材と職人が仕立てた高級品であることが分かる服を着てやって来た。
リリーはそれを見て目をパチクリさせるが衝撃はそれだけでは済まなかった。
続いてドアが壊れそうな程勢いよく開けて人間の男が入って来る。
「オイ店主! 今日も食いに来てやったぞ!」
「いらっしゃい。相変わらず威勢がいいですねえ」
(今度は傭兵騎士、『人狼』アルフレッド!?)
その驚異的な強さゆえナイトという爵位を授かったというこの辺では最強の傭兵の登場に再びわが目を疑う。商才と武勇。活躍した舞台は違うものの実力だけで爵位を授かった叩き上げの両雄。
まさかこんな大物が通う店だったとは。冷静に考えればこれだけ美味い料理をこんな安い値段で出せば、それも納得がいく話だが。
「ふぅ。噂以上の凄い店だったわね」
味もさることながら客も凄い。この店に通えば爵位持ちの人ともコネを作れるだろう。
(後は……通うためのお金、稼がなきゃね)
彼女はそう思い、日がしずまりかける街を歩いていった。
【次回予告】
光食堂は「人間の皮をかぶった餓狼」と呼ばれるほど恐れられた傭兵の行きつけの店でもあった。
第8話「ソースカツ丼」
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