兎と亀

亀と麦茶

 「君は可哀想だな。」


 友人の兎はそう言った。同情か侮辱かも推し量れないこの発言に僕は戸惑いを感じた。


 「兎君、何故そんな事を言うんだ。僕には食べる物も、寝床も、友人だって有る。僕は恵まれている。そう僕は、幸せだとも。」


 僕は兎の前に立ち、顔を向き合わせて目の奥を覗いた。すると兎はこう言った。


 「君は幸せだと思い込んでいるだけだ。それに俺が言いたいのはそういう事では無い。君の生まれが不遇だと言いたいんだ。別に、君のお母様のことをけなしたい訳でも、君の一族をくさしたい訳でもないのだけどね。」

 「それなら一体、何だと言うんだ。」


 僕は腹を立てている様にも思われる声を出してしまった。


 「君はあれだ。よく辛い立場になるだろう。例えば人間の子供に苛められる。浦島が竜宮城に相応しいかを見極めるために体を張って姫様にお仕えしている。そう、君はいつもそんな役割ばかり任せられる。君が嫌ならの話なんだが、その、詰まり、辞めることができるのなら辞めたらどうなんだい。」


 ああ成る程、この不器用な友人は僕の行く末を気にかけているのだ。僕が今後不幸せな目に遭わないか、自分のことのように心配してくれる友人を思うと、目の前が滲んだ。


 「なぁに、そんな辛い事ではないよ。姫様は強いて僕をあの様に浦島と会わせた訳ではないんだ。僕がしたいからその様にしたんだ。兎君は姫様を誤解しているよ。姫様は高貴な生まれであるのに、落ちこぼれの僕に大役を任せてくださり、その上心配までしてくださったんだ。あんなに心の美しい方は見たことがない。姫様が幸せに過ごされる為ならば僕は何でも捧げるつもりだ。」


 僕が話している間は兎は目を閉じて黙って聞いていたが、口を開くと言った。


 「やはり、君は馬鹿だな。」

 「ああ、馬鹿だとも。だが兎君もそういう点では馬鹿だ。家族でもない、おじいさんとおばあさんの為に危険な狸に近づいて仇をとっただろう。僕と同じなんだ。」


 兎君はおばあさんを思い出したのか目を赤くして僕を見た。結局僕を辞めさせることは出来ないと分かったようで、兎はもう何も言わなかった。ただ帰り際に「明日、競走をしよう」と言い放ち去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

兎と亀 亀と麦茶 @chart_clock

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ