第参話 客に訪れた客(能力公開)


 ドームの地下に隠された巨大隔離施設。そこでダイタラボッチは座った状態で拘束され、眠っていた。特殊強化ガラス越しに怪物を見下ろし、木林はどうしたものかと頭をかいているのだった。


 ドームに入って早々、あろうことか周りの人間たちを襲い始めたのである。幸いなことに犠牲者は出なかったが、騒ぎを聞きつけた他の出場者たちに囲まれ、あわや一触即発いっしょくそくはつの事態となってしまった。木林は慌てて『公開』から『下書き』へモードを移行させ、現在に至ったという訳だ。


(こっそり付いて来てよかった。しかしどうしたもんかな、調整は完璧だったのに)


 人造人間の制作に失敗したマッドサイエンティストの様な気分に浸る木林。

 ガラス越し、隔離部屋向こう側の廊下に複数の人影が見える。恐らく騒ぎを聞いた観客だろう。これでは出場者というよりまるで捕らえられた熊だ。


 長い地下施設の廊下、カツンカツンとハイヒールの音が響いてきた。もしかすると開催側の人間が苦情を言いに来たのかもしれない。いや、大会参加目的以外の作者が転生してここにいること自体あまり好ましくない状況だ。

 内心冷や汗をかきながら、かつて警官に呼び止められた時と同様、気づかぬ振りを決め込む。


「ごきげんよう、『木林藤二』ですわね?」

「…失礼だが、どちらさまですか?」

「子が親を忘れても、親が子を忘れてはいけませんわね」

「まさか……あさぎか!?」


 ドレス姿に長身で金髪、どこぞの令嬢のような女に思わずハッとする。その様子が余程可笑しかったのか、あさぎはコロコロと笑い始めた。


「ダイタラボッチが暴れだして焦る貴方の顔、とても滑稽でしたわよ」

「…ふん、誰かに頼まれて来たのか?」

「まさか、たまたま気が向いただけですわ」


 あさぎは『一鈴の絆』の姉妹作品に登場する正体不明の女だ。勝手に小説から抜け出し、あろうことかこんな場所まで来るとは。しかし自分の書いた作品の登場人物と会話するというのは何とも奇妙な感じだ。


 木林とあさぎは手すりに肘をかけ、ダイタラボッチを見下ろしながら話し始めた。


「あの子が御前岩ごぜんいわの正体なのね。色々と驚いたわ」

「ここまで復元できたことか? それとも強すぎてか?」

「どちらもハズレ、弱過ぎてよ。貴方この大会の趣旨がちゃんと理解できていて?」


 そう言って会場で快く貸してくれたという『タブレット』を取り出し見せつける。覗き込むと『ぷろふぃいる』と書かれた一ページ目が映し出されていた。

 あさぎが言うには「戦いでいい的にしかならない」とのことだ。


「そんなことはない、十分強いさ」

「なら見せてあげたら? ほら、向こうにいる子なんかこの大会の参加者よ」


 ガラス越し向こうに手を振っている人物がいて、あさぎは笑顔で手を振り返した。いつの間にか参加者の一人と仲良くなってしまったようだ、なんて勝手な女だ。

 この身勝手さにイラついたのか、木林は手元にあったスイッチを押した。


 突然ダイタラボッチが目を覚まし、拘束具が外れた!


「いいだろう、誰を戦わせる?」

「ゲームの世界の主人公。レベルステータスカンスト、装備最強で魔法が使えるって設定はいかが? もちろん経験や勘も一級品よ」


 どこでそんな知識を憶えたか知らないが望むところだ。この隔離室は核爆弾ですら傷一つ付かない代物らしい、ここなら存分に戦える。


 隔離室の真ん中に鎧姿の勇者が現れた、戦いだ!


 敵として認識していなかったのか、始めは両者動かなかった。しかし、勇者の方は密かに呪文を唱えていたのだ。たちまちステータスが強化され爆発魔法が放たれた。


 音、振動はこちらへ殆ど伝わってこない。見ると皮膚の焼け焦げたダイタラボッチはようやく敵と認識したらしい。立ち上がり聞こえぬ雄叫びを上げ、強酸を吐いた。本来なら床に穴が空く筈だが、今回は部屋一杯に広がり始める。

 液体がどんな代物か察知したのだろう。勇者は再び呪文を唱え、強酸床がたちまち氷結し始めたのだ。


ズシーン…


 ダイタラボッチの足が氷結し、前のめりに手を付く。

 勝機とばかりに飛び上がって首を取りに行った時、それは起きた。

 

 巨人は忽然とその姿を消したのだ!


「……」


 あさぎはこの瞬間、眉を少し動かす。勝利を確信した木林は内心ニヤリとする。


 隔離部屋内では突然消えたダイタラボッチの姿に勇者が戸惑っていた。氷でできた巨人の足跡へ近寄った瞬間、頭を抑えて苦しみだしたではないか!


 そして……。


 勇者の頭は跡形もなく吹き飛び、再び姿を現すダイタラボッチ。あろうことか残った勇者の体を掴み、旨そうにかじり始める。


「ゲームオーバーだ、どうかね?」

「……どういうことかしら? 説明していただける?」

「書いてあったろう? 伸縮自在だと。ミクロサイズになり体内へ侵入したのさ」

「そこじゃないわ。貴方、あの子に『知識』を与えたわね?」


 能力を手にしても、知能の低いダイタラボッチにそんな芸当はできない。あさぎはそう言いたいのだろう。


「そ、それは『現代人と比べて』の話しさ! ダイタラボッチが元々賢い妖怪なのは君が一番よく知っているだろう? 生活が戦いだった彼からしてみればそのなんだ、戦いの中で戦い方を閃いたというかなんというか…」


「違う! 私は……もういいわ」


 何かを言いかけ、あさぎは黙った。


「ダイタラボッチはちゃんと元通りにするよ。もし優勝したら賞品も彼のものだ」

「それは自己満足ね、私は何も言ってないわよ」

「大会、観戦してく?」

「…さよなら」


 あさぎは再び靴音を響かせ姿を消した。気分は最悪だっただろう。誰だって自分の事を全て知っていて、なおつ今後の自分の身に降りかかる出来事を知っている人間と長居はしたくない。


 そして木林は全て知っていた、あさぎが何を思い、何を言い掛けたかも全て…。

 大変複雑で申し訳なく思う反面、彼女の心境に気付き少し嬉しかった。


 正面のガラス越しを見ると惨劇に目を逸らす者、吐き気を催す者の姿が目に映る。あさぎと知り合いになった参加者の子の姿は既になかった。


 少しは敵として認めて貰えたのだろうか、淡い期待を胸に秘める木林だった。

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