第肆話 眠れる巨人と狂人(戦いのヒント? ポイント?のお話)


 灯りが消され、シャッターの下ろされた隔離室でダイタラボッチは夢を見ていた。この巨人の記憶は無い。趣味の悪い人間に消され、無理矢理蘇らせられたのだから。


 しかし体中に染みついた憎悪が今一度、化け物としての記憶を想起させる。


 初めて獲物を喰らった時の味。

 神、そして人間との戦いで得た誇りと屈辱。

 

──そして何より、猫!


グゥゥゥゥ……


 ドームに入った時、会場を歩いていた猫。己を二度と立ち上がれなくした元凶!

那珂なか邪々虎じゃじゃとら』程の大きさは無いが、奴と同族であることには違いない。

 認めぬ、決して! あのような生き物より自分が劣っているなどとっ!!


 憎しみが体中を駆け巡る。無意識に力がこもり、拘束具がガチガチと音を立てた。


……!?


 ふとその時、寝ていたダイタラボッチは手にぬくもりを感じ、負の感情が収まっていくのがわかった。


… 一体何だこれは?


 自分の知らない、だが懐かしく感じる記憶。何も知らず、無邪気に野山を走り回っていた遠き日。

 林を抜けると人間の童女が一人立っていた。突然現れた自分の姿を見ても、驚きも逃げもせず、ただ笑ってこちらを見ていた。手に持っていた物を半分寄越よこされ、恐る恐る口にする。驚き目を丸くする自分を、童女は楽しげに笑っていた。


……あぁ、食いてぇ……。


 あれは何という食い物だろう? 薄皮にくるまれたあんころの食い物…。


……食いてぇなぁ……もう一度食いてぇよぉ……あのどら…。



『忘れ物か? いけない子だ、ブルータス』


 突然部屋の照明が灯され、巨人の傍らにいたドレス姿のあさぎがあらわとなる。

 それに対し、あさぎはわざと大袈裟に驚いてみせ、声の主を睨みつけた。


フコー… フコー…


 主の息が荒く聞こえるが別にこれはあさぎの仕草に興奮したからではない。室内は洗い流しても消えぬ悪臭で充満しており、普通の人間なら十秒と立っていられない。


 この防護スーツに身を包んだ声の主こそ、自称狂人『木林』だったのだ。


「まさかとは思ったが、私のしていることに興味を持ってくれたのかな?」


「誤魔化さないで! この『人形』に『黒い鏡の破片』を埋め込んだわね!? どうも様子がおかしいと思ったら、こういう事だったなんて!」


『黒い鏡の破片』、それはケノ国に災いの前兆として現れる黑石だ。負の感情に強く反応し、吸収と解放を行い、自らも化け物に変化する性質を持っている。


「暴走を起こしたらどうなるかくらいは想像がついているのでしょうね?」

「そんなこと起こらないさ。だって制御できるんだもん」


 そう言って取り出した灰色の石。これを見たあさぎは今度こそ本当に驚いた。

 自分ですら解析の済んでいない物を制御化に置いているとは!


「安心したまえ、まだ試作品で実験段階だよ。とある研究機関と仲良くなっちゃって『是非リピーターになってくれ』って言われてさぁ」

「愚かな人…利用されただけじゃない。大会の開催側に通告するわ、規約違反よ」

「無駄無駄、どこにも『出場者を遠隔操作しちゃ駄目』なんて書いて無いもーん」


 このままでは木林のペースに乗せられる。そう考えたあさぎは一旦落ち着き、別の方向から攻めることにした。


「…そう。でもどうかしら? さっき見て回ったけど、私と同等かそれ以上の力を持った参加者も複数見受けられたわ。貴方に相手がつとまるとでも?」

「私はプロレスとボクシングと相撲が好きでね。あぁ、ちなみに例の石は彼の体内のどこかに埋め込まれている。君の見た参加者の中に、悪臭と強酸塗れになりながら石を探し当てることが出来そうな者はいたかね?」

「そんなの関係ないじゃない。外部から高出力、分子分解レベルまで……」


 ここまで言い掛け、あさぎはハッとする。


「遅ぉぉい! 気づくのが遅いぞぉぉぉおおっとぉ!?」


 瞬時に間合いを詰め持っていた石を奪おうとするも、透けて通過してしまった。

 作者である木林にはあさぎとて触れることすらできない。


傲慢ごうまんが過ぎるわ。仮初かりそめの力を得て神にでもなったつもり?」

陳腐ちんぷな言葉だ…。神になる気はない、ただ私は他の人間とが違う」


 そう言い木林は歴史Bを専攻しておきながら、もはやブルータスが何者であったかすら憶えていない頭を指した。


「人間でも妖怪でも、自画自賛する者など信用にあたいしないわ」

「結構結構、コケコッコー!」


 一通りお道化てお辞儀をする木林に近づき囁く。


「私を怒らせたこと、よく肝に銘じておきなさい」


 ハイヒールの音を響かせ、あさぎは部屋から出て行った。


(……あー面白おっかなかった。でも作者だしー、何もできないしー)


 好き放題後、改めて巨人を見上げる。やはり大きい事はいいことだ、浪漫だ。

 あさぎに良い夢を見せられたのか、髪に隠れた顔が穏やかに見えた。


「……ケッ! 笑っていやがる! お前なんざ……おっとっと! 危ねぇ!」


 危うく死亡フラグを立てるところだった。


 おもむろに持っていたノートPCを広げ、今大会の参加者のリストを見ながらふと考える。


(あれ……ちょっとまてよ?)


 作者である自分はあさぎに殺されることは無いだろう。だが他の者はどうか?

 確か前のページであさぎは大会参加者と……。


(…あ、ヤバいわこれ)


 再転生し、自分を再構築させねば。PCから適当なアバターを探す木林であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る