第3話 迷妄
当時、王位を継承する者の候補としては御三方がいらっしゃった。即ち、第一王子のカーザル殿下、第二王子のアシュバル殿下、そして第三子――この方は姫君であらせられたが――スーリア姫である。
当初、国中では、第一王子カーザル殿下に決まるものだと思われていた。
この時代でも長子相続の思想は存在する。その上、禁欲的なまでに文武の両道を極めんとする「求道者」としての評判も高い方であったのだから、この御方を置いて他にはないだろうと思われていた。
実際カーザル王子の学は相当なものであった。詩文から経、礼楽祭典、政書に至るまで、その悉くを網羅し、為政は問うに及ばず、一国を動かすに十分な力を発揮すると目されていた。
やはりバファラム翁の門弟の一であったが、バファラム翁に最も近い存在とまで称される程であった。
善き賢君となるであろう、彼の方がいらっしゃるにも関わらず、何故サウジャ王はお迷いになっておられるのか。
身も蓋もない言い方ではあるが、つまり、カーザル王子とサウジャ王は仲が悪かった。正確に言うならば、サウジャ王の父君であらせられた先王、ジャヤ=カーンとサウジャ王の仲が思わしくなかったのである。
そして誕生当時、カーザル王子は、実はジャヤ王の御子ではないか、という噂が、まことしやかに囁かれ、さらに悪いことに、どうやらそれが事実であったらしい、とのことである。
サウジャ王も名君と言われた身、さすがに表に出しては何をするでもなかった。しかしその場に居合わせたものであれば分かるであろう。親子であるはずの二者が顔を合わせたときのあの空気。陛下よりにじみ出る穏やかならざる気配。
「いや、驚いたのなんの。あれは仇敵を目の前にした兵の目だったよ。獲物を狩るが如き目だとか、ましてや親が子に向ける眼差しなんてもんじゃあ、断じて無かったね」
と、これは当時近衛兵をなさっていたポンパル氏の言葉である。
つまり、サウジャ王の憂いは、この非の打ち所が無い程に王として相応しいカーザル王子を、次期王として認めたくはない。そういった所によるものであったのだろう。
己の余命が少ないと悟った当時も、サウジャ王はご決断をなさらず、憂いに満ちた日々を送っていた。
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