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あたしはタバコを持ち出してベランダの手すりに寄りかかった。
室外機が生ぬるい空気を吐き出しては、伸びた髪を揺らした。
空には大きな民間ジェット機と幾つかのドローンが飛んでいる。
商業関連のドローンは広告を提げ、警察用のドローンは決められた区域を一時間半かけて周回する。
向かいのアパートにはおそらく日本人は住んでいないだろう。ひどく汚いベランダが多い。あたしの住むアパート然り、この辺には難民しか住んでいない。あたしを除いて。
少し遠くに見えている高層マンションには都市部で働く人間、その家族が厚い待遇を受けて住んでいる。
中学校を卒業してから二年が経った。
この国は、深刻な少子化、高齢化に苦しんだ。若者たちの自殺率の上昇はとどまることを知らず、日本は異様な孤独の戦争状態と化していた。
日本人の子供達のために金を割く理由はなくなった。純国民は減ろうが、移民は、世界で一番とも言えたであろう平和なこの国を目指してやってきた。彼らはやってきてしまった。国に、純国民を優遇するかの如く、移民税を課されることになるとも知らずに。
彼らは一時的にそれを受け入れた。彼らの出生の地からしたら日本は輝いており、潤っている世界だった。しかし、それはもう死んだ世界であり、彼らは希望を砕かれ、日本の闇を強要された。
彼らはだいたいの日本人に備わっていた「諦める精神」を持ち合わせていなかった。純国民や、富裕層に対するフラストレーションやルサンチマンは溜まる一方だった。
そしてあたしの住む区域はこの日本において有数のスラムとなった。
あたしは十七歳だった。ライターのつけ方を知っている。
ピースを大きく吸い込み、スラムの曇った空へ吐き出した。
甘い香りは危険な信号を発していた。煙は危険な鉛色の雲に溶けていった。
ピースはあたしをこの街に溶かす唯一のトークンだった。
壁に備え付けられた室外機のせいで、あたしの着ている鼠色のパーカーは背中で生ぬるい空気を孕み、プカプカと羽ばたく。
高層ビルを見つめながらあたしは同じ歳の子供たちのことを考えていた。
彼らが毎朝あのマンションから学校へ向かい、将来のために勉強をし、限られたコミュニティの中から外に出ようともがく姿を想像していた。
彼らはあたしの知らない清潔な環境、清潔な関係、清潔な世界で生きているんだろう。
あたしは泥に埋もれようがその中で生きるしかない。そこがあたしの生きる場所なんだ。
遠く見えるマンションの上から数えて三階くらいの部屋の窓が開いた。
短くなったピースの熱がフィルターを通じて唇の端で感じながら、開いた窓に目を凝らしていた。
あたしより短い髪の女の子が窓から身を乗り出して紙飛行機を飛ばした。
白い紙飛行機は上手にキレイに飛んでいた。夕刻のゆるやかな風に乗って、のびのびと夕日の隠れた暑い鉛色の曇天の下を飛んだ。
やがて白い紙飛行機は紙飛行機らしく急降下し、進路を大きく逸れ、つまらない最期を遂げた。
マンションの少女はいくつもの紙飛行機を飛ばした。うまく飛んだのは最初の一機だけで、後の機体はどれもつまらない飛び方しかしなかった。
どれだけつまらない紙飛行機でもあたしは目を凝らしていた。マンションの少女は何かに解放されるように飛行機を飛ばし続けた。
儚い微笑を浮かべて少女は飛ばない飛行機を飛ばし続けた。
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