醜い少年
医師の両手がゆっくりと頭の後ろに回された。ゼペットはつばを飲み込んだ。喉仏がグリッと動いた。白く笑う仮面が顔から
腐れたような紫。ただれたような赤。カビたような青。
不気味な色の皮膚ばかりを選んで縫い合わせた――悪趣味なパッチワークのような――顔だった。
……これは……この顔は?
墓場の怪人がなぜここにいるのだ?
ゼペットは目の前で起きたことが理解できず、口を開けたまま固まっていた。
「恐ろしくないのですか?」
医師の意外そうな問いかけでゼペットは我に返った。
「え? ああ、いえ」
「大抵は悲鳴をあげられるのですが……」
そう言うと医師は顔をゆがめた。おそらく苦笑したのだろう。顔中に縫い目があるせいで、仮面を外してもなお表情が分かりにくかった。医師は「頭部の皮膚がつながらぬまま生まれましてね」と言って指で顔を
「処置も悪く、何度も感染症を起こしたようです。マスクなど着けていたこと、失礼だとは思いましたが……」
医師はゼペットのグラスにワインを注ぎ足し、自分のグラスにもワインを注いだ。「最初からこの顔でお会いしたら、お話しを聞いて頂けないだろうと考えました。何よりもつらかったのはこれです」
そう言うと【闇に潜む医師】はゼペットに向けてワイングラスをかかげ、嬉しそうに飲み干した。
「これでようやく人心地がつきました。今一度マスクを着けましょうか?」
ゼペットは呆然としたまま首を振った。
「ではこのままで。気分が悪くなったら遠慮なく
ゼペットは
「幼い頃、私がどのような目にあったか、わざわざお話しする必要はないでしょう。最初は嫌われる理由が分かりませんでした。自分で自分の顔は見えませんからね。だんだんと物事が分かるようになり、醜さは悪なのだと知りました。ゆえに罰せられる。私を
「人目のない
医師はゆっくりとワインを飲み干すと、グラスをテーブルに置いた。
「……なんに気付いたんで?」
「なぜ自分が醜いか、その理由に。分かってしまえば簡単なことでした」
「簡単?」
「簡単でした。失敗したのです」
「失敗、ですって?」
「そう。罪でも罰でもない。単なる失敗作だ!」
医師はとびきりのジョークを話すように両手を広げた。
「全知全能な存在に失敗はない。失敗でないなら何か理由がある。試練の根拠とは実はこれだけです。では、失敗はある、としたら?」
ゼペットの答えを待たずに、医師は再び語り出した。
「失敗はある。この答えはようやく私を満足させました。ならば耐える必要などない。治せばいい。私は
醜い顔の医師はワインクーラーからボトルを出して、二人のグラスにワインを注ぎ、自分のワイングラスをロウソクの光に
「以来、この飲み物は誰かの血などではない、単なるブドウの汁になりました。同時に『背負うべき十字架』も『耐えるべき苦難』もなくなったのです」
――いったいどれほどの大罪なのか?
「闇に身を潜めた私は、人間の体を徹底的に研究しました。この身体、この袋の中身は……」医師は自分の胸を手のひらでドンドンと叩いた。
「いったいどうなっているのか。調べられる機会があれば墓場、戦場、処刑場、どこへでも行きました」
――強欲?
「どれだけ医学を学んでも、命を作り出すことも、死んだ者を生き返らすこともできません。命は私たちの自由にはならない。しかし守ることはできる。失敗ならば正せばいい。病ならば治せばいい。それだけのことです」
――
「単なる失敗にあたかも意味があるかのごとく取り
――
「例え誰が犯したのであろうと、失敗は失敗です。それに『定め』などと見当違いの名前をつけ、
――
「その命は『
ロウソクがジジッと音を立てた。ゼペットは答えられなかった。医師もまた答えがないことを知っていた。
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