闇からの招待

 翌晩、仕事を終えたゼペットは寝室でワインをすすりながら、自分の作った人形を見つめていた。これほど美しい人形がピクリとも動かない。あれほど醜い怪物が墓場を歩き回る。いったい何が違うのだ?


 なぁに動かないからこそ愛おしいのさ。


 そう自分に言い聞かせて人形の頭をでた時、ドアをノックする音が聞こえた。

 こんな夜更けに誰だ?

 諦めてくれることを期待してしばらく放っておいたが、ノックは執拗しつように続いた。ため息をついて人形をケースにしまうと寝室を出て、執念深くドアを叩き続ける相手に怒鳴った。

「注文は受け付けてないんだ!」

 ドアの向こうから返事が返ってきた。

「ゼペット様。ジアッキーノ様よりの使いです。扉をお開けください」

 便意を我慢しているような切羽詰った声だった。

 病院の関係者だろうか?

 ゼペットが不承不承ドアを開けると、大きなトランクを間に挟んで、制服の男が二人並んで立っていた。

「失礼致します」

 男たちが二人がかりでトランクを運び込んできたので、ゼペットは急いで脇にどいた。二人は工房の作業台の上にトランクをどすんと乗せると、玄関で怪訝けげんな表情をしているゼペットに敬礼して早口で言った。

「医師ジアッキーノ様よりご伝言をおおせつかりました」

 ジアッキーノ……はて、どの先生だったか。ゼペットが考えていると、使者の一人がポケットから紙を取り出して読み上げ始めた。


『前略。ゼペット様。貴殿のご高名、かねてより伺っております。実はこの度、貴殿のご助力をたまわりたく、前金として金貨千枚をご用意しました』


 そこでもう一人の使者がバッとトランクのふたを開けると、中には金貨がびっしりと詰まっていた。ゼペットが口を半開きにしたままうなずくと、使者は満足気に蓋を閉めた。バチンバチンと止め具を閉める音を合図に、再び手紙が読み上げられた。


『詳しくは拙宅せつたくにて直接ご説明差し上げます。使いの者と共にお越し頂きますようお願い申し上げます』


 使者は「以上です」と言ってまた敬礼し、直立不動の姿勢をとった。

「終わりかね?」

「はいっ」

 自分への依頼といえば補助具の制作だろうが、なぜこんな夜更けに呼びつけるのか。それに一面識もない相手に金貨を千枚とは、いくらなんでも高額過ぎる。いったいジアッキーノとは何者なのだ?

 拒否したらどうするのだろう。暴力に訴えるだろうか。ゼペットはむしろ好奇心から聞いた。

「お断りするには?」

「金貨はそのままお納め頂き、直接ご無礼をお詫びする為、ご同行をお願いする様に申しつかっております」

 どっちみち連れて行くという筋書きか。ゼペットは苦笑した。

「では参りましょう」


 †

 

 外に出ると工房の前には豪華絢爛な六頭立ての馬車が停まっており、ドアの前には執事らしき男が体を二つ折りにして立っていた。

「夜分遅くに誠に申し訳ございません」

 執事は体を折ったまま馬車のドアを引き開けた。ゼペットは二人の使者に挟まれるようにして馬車に乗り込んだ。乗るとすぐに使者は両側の窓のカーテンを閉めた。最後に執事が乗りこむと、馬車は音もなく走りだした。

 普段使っているのが馬車なら、この乗り物はまるで動く書斎だ。景色は見えず、同乗者は押し黙っているが、その分を差し引いても快適だった。十五分ほどたっただろうか。ゼペットはどこに向かっているのか聞いた。どうせ返事はないだろう。ところが意外なことに前の席に座る執事が口を開いた。

「誠に申し訳ございませんが、私共には詳しいことは申し上げられません。今しばらくご辛抱頂ますよう」と耳触りの良い声でびた。

(まぁそうだろう。前金で金貨を千枚。王侯貴族のような馬車。いずれただの医者ではあるまい。いったい私に何を作らせようというのだろう? 何か後ろ暗いことでなければいいが……)

 静かに走る馬車に身をゆだねて考え事をしていたゼペットの脳裏にふと先日の記憶がよみがえった。馬車の中だった。医者のことを考えていた。


 ――死人をつないで生き返らせる――


 ジアッキーノ……医師……なぜ気が付かなかった!


 心臓が早鐘はやがねを打つ様に高鳴った。両隣に座る使者を交互に見た。二人はまるで彫像のように微動にせず、じっと前を見て座っていた。馬車が停まった。いつの間にか馬車を下りていた執事がドアを開けた。

「到着いたしました」

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