職人の孤独

 工房で一人作業するゼペットにとって『世間』とは月に一度、病院に納品する際に会う担当者のことだった。

「今年は兵役志願者がうんと増えたそうだよ」

「ほう。何があったかね?」

「なに、いくさに行って負傷して〈ナポリの魔術師〉の体を手に入れようっていう魂胆こんたんさ。いずれ勲章もらえるよ。特別功労賞だ。はっはっは」

 彼から聞かされる世間話が、ほとんど唯一と言っていい情報であり娯楽でもあった。

 その年の夏、担当者が教えてくれたのは少々気味の悪い噂だった。夜になると、病院の裏の墓地に怪人が現れるというのだ。

「誰とは言えないがね。用事が長引いてだいぶ夜遅くなったんで、普段ならぐるっと遠回りするところをその夜は墓場を突っ切った。すると灯りが見えたんだそうだ。見過ごそうと思ったんだがどうにも気になってね、近寄ってみた」

「物好きだねぇ。で?」

「ランプの灯りだった。仕立てのいい服を着た紳士が、その灯りの元で墓を掘り起こしてたんだ。そりゃあ誰だって注意するよ。『ちょっとあなた、何してるんですか?』ってね」

 ゼペットは同意を示すためにうなずいた。

「すると紳士はピタリと動きを止めた。『暑くて寝苦しいから少しふたをずらすのだ』と言って振り向いた顔はなんと埋葬されたはずの本人だ! あっと思った途端、顔の皮がドロドロッと……」


 やめてくださいよ気味の悪い!

 ゼペットは自分も死体に関心があるとは言えず、担当者の話に調子を合わせながら考えていた。

(ひょっとしたらこの噂話は利用できるかも知れんぞ……)



 病院と専属契約を結んでから、ゼペットは自分のための木人形を少しずつ作り続けていた。手、足、胴体、頭。しかしどれだけ精巧に作ろうとも、それらが勝手に動き出すことはなかった。人はいったいどういうカラクリで動いているのか?

 どうして心に思っただけで動くのか?

 人の体の中を見たい。どうしても見たい。

 体のカラクリを知りたいゼペットにとって、墓場の怪人の噂は格好の機会だった。墓を掘り起こし、人間の体がどうなっているのか調べてやろう。なに疑われっこないさ。すべては怪人の仕業だ。



 ゼペットは次の納品日に合わせて病院近くの宿を取ると、墓を掘り起こすのに必要そうな道具を準備した。納品の前日から宿に泊まり、墓堀り道具は宿に置いた。翌朝、何食わぬ顔で納品物だけを持って病院を訪れた。注文の品を受け取った担当者は検品しながら言った。

「相変わらず見事だねぇ。まるで生きているようだ」

 それは毎月、挨拶のように口にされる賛辞だった。が、今日のゼペットは寂しそうに微笑んだだけで何も言わなかった。いつもは楽しい担当者の話も、今日はややもすると聞き逃す始末だった。

 宿に戻って食事を済ませ、夜の重労働に備えて仮眠を取った。自分の作った人形に揺り起こされる夢で目を覚ますと、外はもう真っ暗だった。


 ――さぁ。人形に命を与える時だ。


 ゼペットは用意してあった墓掘り道具をたずさえると宿を抜け出した。

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