27.

 一ブロック戻って、細い路地同士が交差する十字路を曲がる。いくつかめのビルで裏口のドアを開く。これもまたなぜかロックが外れている。というより、私が近づいたところでロックが解除される音がした。直接指で触れないようにしてドアを開ける。

 建物の中に入っても人の気配はない。かつて古着屋だった埃っぽい店内には空の棚が並んでいるだけ。でもバックヤードには手のつけられていない在庫のプラスティック製コンテナが並んでいた。


「ねえ、これでいいんじゃないの?」

 ライトのついたケータイを片手に私は尋ねる。

「だめです。目立つ服って言ってるじゃないですか。さっきからおとなしい服ばかりです」

「そんなこと言われても……」

 ボディラインが出なくて、肌の露出が少ない、目立つ服に着替えろ、というのが、彼女が持ち出した次の指示だった。

 服を選ぶためという理由で彼女はビデオ通話を要求した。それからというものの、さっきからずっと、私が写した服をこれはだめそれもだめと、厳しいだめ出しが続いている。

 そうやって、水屋で見つけたゴム手袋のせいで鈍る感覚の中難儀しながら新しいケースを開けることを何度か繰り返した後、結局選んだのは、ベルボトムのジーンズにオーバーサイズのTシャツ、ティアドロップのサングラスとハット。

 普段の私ならまずまちがいなく選ぶことはない。が、これも指示のうちだ。


「ねえ、やっぱりこういう場所でやり過ごすってのはだめなの? 鍵がかかってたら入ってくることないと思うんだけど」

 シークレットブーツというのだろうか、外見の割にヒールの高い靴のつま先で地面をコツコツと叩く。

「だめです。それこそ彼らの思うつぼです。時間が経過すればするほど機械化された監視網を張ることができます。人手に頼ったものよりはるかに危険です」

 なるほどね、とつぶやきながらも、それがどこまで本当なのか、私にはわからない。


 ほとんど何も入らないようなハンドバッグを持つ。実のところこれはただの囮で、中身は空っぽだ。

 ケータイとウォレット、それにこれだけはとお願いしたミニノート。買い直せないもの、取り返しのつかないものだけ、服の内側で身につけるタイプのネックポーチに詰める。残りは全部リュックに残して、脱いだ服と一緒にコンテナの古着の中へ隠す。

 さようなら、お気に入りのマイバッグ。さようなら、中等部以来の付き合いだったシャープペンシル。手持ちの荷物が少なかったのがせめてもの救いだ。


 衣類の中になにか残ってないかを確認しようとして、ポケットの中に硬いものが入っていることに気づいた。

 思い出したくもなかった。私をこんな事態へと突き落とした憂鬱の種だ。

「ねえ、これどうすればいい? 服と一緒にしちゃっていいの?」

「と言われてもカメラがないと見えないんですが。なんですか、それ」

 そう言われるまでケータイがすでに手元にないことを忘れていた私はとんだ間抜けだった。赤くなっているであろう顔が相手に伝わらないことが何よりの幸いだった。

「ええと、なんて説明すればいいんだ? 奴らの片方が公園に捨ててた基板で――」

「瑞月さん……ナイスです!」

 私が言葉に詰まるのとほとんど同じタイミングで、彼女の歓声が耳の中に響いた。

「ちょっ、声が大きい!」

「わわっ、すみません。ですが瑞月さん、それ、できる限り持ち帰ってきてくれませんか」

「わかったよ……何枚かあるんだけど、全部あったほうがいい?」

「本当ですか!? 最っ高です!!」

「だから声が大きいって」

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