14.
亡くした身内のことについての話題ほど気まずいものはない。ふとしたときに現れる家族の話題について、奥歯に物の挟まったような言い方しかできないとき。
全く記憶にないくらい、惜しい、やりきれないという思いすら抱くことができないくらいに、幼いころの出来事である場合であったとしても。
「そこまで調べてるんですね」
「ほんとうはこういうことやっちゃ差別に当たるからダメなんだけどね」
そのときの彼女の表情は苦笑に近かった。いたずらが露見したときの子供のような。
差別って、何が差別なんだろう。その疑問には答えずに話は進む。
「皮肉にも、この一連のテロ自体が都市へのさらなる集中を招いた。人々が安全なゲートの内側にこもるようになってしまったから。生活を維持するためにはコミュニティにある程度の大きさが必要だったからね」
「小さいコミュニティを維持する難しさは、伯母を見ていたらよくわかります」
実際、母の姉にあたる伯母、恭子さんはいつも忙しそうにしていた。私に手がかからなくなってからは特にそうだ。
ゲート内のインフラとコミュニティを守るために身を粉にして働く姿は、まるで両親の弔い合戦に向かう兵士のようで、見ていてつらかった。
伯母さんには、本来であれば面倒を見る必要なんてなかった私に対して、ほんとうに良くしてもらった。本人にそんなことを言えば、そんなばかなこと考えるものじゃない、って叱られたんだろうけど。
でも後ろめたい気持ちがまったくなかったといえば嘘になる。
だからあの場所から逃げ出したかったというのは、この街に来た理由の一つなのかもしれないと、ずっと思っている。
「あの街はもとより大都市だった。でも頻発するテロの被害からは逃れられなかった。活動の中心を担っていた過激派組織が摘発され、鎮圧されたあとでも、人々は戻ってこなかった。街は荒れ果てた」
教科書通りの内容を語るその口調は、どこか感情が欠落しているみたいに聞こえた。
中卒高卒で就職したとは思えないから、おそらく彼女は22歳よりは上のはずだ。上限については外見からしか判断できないけれど、それでもせいぜい30代前半といったところだろう。
この推測が外れていなければ、彼女は学校へ通うような年頃に、あの時代を過ごしたはずだ。
思うところは誰にでもある、ということだろう。
「だから人々に戻ってきてもらうためには、街の徹底的な再構築が必要だった」
「例の九つの路線、八つの駅――ってやつですね」
「そう、そこで鉄道屋、不動産屋、行政、そして私達の利害が一致した。鉄道屋は税金や法令の上で有利になったし、移動だけにとどまらない街の経済のインフラの一部を手に入れた。不動産屋は駅直結の利便性と改札内の安全性とを、行政は再開発に伴う費用の低減を、それぞれ手に入れることができた」
彼女はコーヒーの缶を一気に煽った。
「そして私達は街の情報的なインフラに深く関わることができたってわけ」
「まさか、そのためにテロを引き起こしたなんて言うんじゃ!?」
「ないない。いくらなんでもさすがにそれはないって。少なくとも私の知る限りではね。もし仮にそんなことがあったとしたら――」
彼女はそこで一度言葉を切った。
「私があの会社を燃やしてやる」
次の言葉までは少し間が空いた。
「話がだいぶ逸れた。あの街に地図がないのはね、要するにセキュリティの問題だよ」
「犯罪者に地図を悪用されないため、ですか」
「いや、それは地図を公開しない理由ではあっても、地図が存在しない理由にはならない。むしろ住人にとっての安心の問題と言ったほうが近いかな? 改札というゲートの内側に住んでいても、人はまだ安心できない。だからゲートの内側にまたゲートで囲まれた場所を作ってしまう」
「ちょうどうちの学校みたいに」
「そう、そのとおり。あるいはそこら辺の企業、マンション、ありとあらゆるコミュニティがそう。実際に道はあるし、そこを通ってはいけないというルールもない。でも、積極的に使ってほしいわけじゃない。むしろその逆、みたいなところがとても多い。そういうルートは、仮に把握していても公開しづらいし、そもそも把握できていないものも多い。今回君に辿ってもらったルートだって、あのビルがうちで管理している物件だからこそ使えたんだ」
彼女は寄りかかっていた手すりを突き放すみたいにして、斜面から遠ざかった。
「さて、残りはまた車内で話そう。戻ろうか、我らが大都会に」
太陽が山の向こう側へと、消えた。
峰々の輪郭線が朱く燃え、ゆるやかにその輝きを失っていく。
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