3.
学生で埋め尽くされた白い会議室はとても退屈な場所だった。
「えー、私、人事部の落合と申します。本日は、みなさんに私どもが普段何をしているかを知っていただき、少しでも興味を持っていただければと思いまして——」
部屋一杯に並べられた机には、学年の三分の一の生徒が着席している。前を向いても、左右を見回してみても、部屋の壁と同じくらい単調な、指定ブレザーの暗い色が並んでいる。
授業の一環としての職場見学。予め用意された三つの企業をローテーションで回る退屈な授業。
「スケジュールが押していますので手短に説明はいたしますが、ご存知の通り、弊社は都市内の短距離移動を支えるミニトラム、私たちの言葉で言えば短距離旅客用小型自動運転車、いまあわゆるミニトですね、その運行管理を業務としておりまして、この司令施設ではその配車管理を——」
さっきからずっと、会社の業務内容についての説明が続いている。プロジェクタと同期して追加の説明が書き込まれていく手元のノートをぼんやりと眺めている。
さっきから明朗な声で話している男性。へりくだった口調で自己紹介していたけど、OGOの事業子会社の従業員なのだから、この街ではけっこうな身分の持ち主だ。
先に見学した二箇所はOGOとの関係が薄いお役所と工場だったから、みんなは結構目を輝かせて熱心に話を聞いている。
文系ならともかく、理系志望だと医薬、建築土木、情報、金融、あとはインフラ・メンテナンス系の機電系あたりじゃないと、この街の中で仕事を探すのは難しいだろう。間違っても化学プラントや自動車工場を置くだけの余裕はこの街にない。
だから、こういう仕事は、この街で暮らしたいならかなり現実的な選択肢だ。
私はというと、実のところあまり興味がなかった。というより、興味を持てるものに出会えていない、という方が正しいのかもしれない。
希望調査ではぼんやりと理系を選択しているけど、自分は何が好きなのか、何が得意なのか、何がしたいのかは、まだよくわかっていない。
学年が進めばすこしはやりたいことも見えてくるだろうと思っていたのに、気づけばあっという間にもう高二の夏だ。クラスのみんなはだいたい、ぼんやりとでも志望先を決めている。あのお調子者の久子も、引っ込み思案な悠乃もそう。だというのに私は——。
「ほら、瑞月、行こ?」
軽く肩をつつかれて、ようやく私は画面から顔を上げる。いつの間にか説明は終わっていた。すでに周囲の生徒は席を立ち移動を始めている。私を見下ろす仁望は少し呆れ顔だ。
「あ、ごめん。ぼんやりしてた」
スリープに落としたノートをカバンへ突っ込んで、慌てて席を立つ。
さっきの考えが、魚の小骨のように引っかかって、気づけば最後尾を歩いている。
昨日から物思いモードに入りがちの私を気遣ってか、仁望は悠乃や久子と一緒に先を歩いている。もしかしたら解散後に、私も入れて四人で遊びに行く話でもしてるのかもしれない。
単なる好意的解釈に過ぎないのかもしれないけど、その気遣いがありがたいと思った
仁望は昔からいろいろなことに気づく。私が鈍感すぎるのかもしれない。
来客用通路から眺める、お決まりの見学用コース。客にウケそうなところ、見せられるところ、安全なところにだけ窓を作り、残りは全て頑なに公開を拒む。知りたければ、相応の責任と対価を背負って、クリアランスを得なければならない。
オンラインでのそれと全く変わらない、昔からずっと続くお馴染みの情報統制。
「ここがいわゆる司令室ですね」
大きな窓ガラスの向こうでは数十人の従業員がそれぞれ端末に向かっている。正面に見える大きなディスプレイには、街の地図が大写しになっている。
東西南を広域鉄道、北を環状道路に囲まれたこの街は、東西を高速道路に、南北を川によって区切られている。
楽器店やレコードショップへ行けば、縦横で四分割した左下の部分だけ赤く塗られたギターピックが並んでいる。三角形をこの街になぞらえた、ライブハウスの多い南西部への愛情の証。
「川と高速は越えられる道が比較的少ないので、必然的に重点的な監視の対象となるわけです。そんな距離ならメトロを使うと思われるかもしれません。ですが——」
そう言えばここへ来る途中、私たちのバスが珍しく渋滞に捕まったことを思い出した。窓越しに判断する限りでは、域外から来た車が川を渡る橋の上で立ち往生したみたいだった。
そんなことでもなければ渋滞なんて起こらないのは、まさしく彼らの献身的な仕事のおかげ、なんだろう。
地図をたどってその現場を探してみると、そこに渋滞の表示はなかった。もう解消されたのかもしれない。
その時のことだった。
突然、ビーッというアラームが窓ガラスの向こうで鳴り響いた。赤い回転灯の光が目に刺さる。
やや遅れて、私たちの端末も通知が鳴る。皆が一斉にケータイやノートの画面を見る。内容は信号故障に伴うメトロの運転見合わせだ。
画面から顔をあげた時には、窓ガラスが一瞬で黒く染まり、かすかに見えるその向こうでもシャッターが降りて来るのが見えた。偏光ガラスと物理シャッターの二重防御。
怒号じみた声も、一瞬で聞こえなくなった。たぶん、スピーカーを使ったアクティブ式の消音装置だ。
危機管理のための情報統制。ここから先は見せられないという意思表示。お決まりのセキュリティ。
「えー、お見苦しいところを見せてしまいましたね。それでは、次の場所へと移動したいと思います」
人事のお兄さんがハンカチで汗を拭いながら私たちに呼びかける。
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