Every step we take Pt.2


 峠越えの高速道路に防音壁はないけれど、走っているのが早朝の真っ暗闇なら意味がない。

 夕食を食べながら決めた通り、私達は仮眠を取り、かなりのんびり走っても日が昇る頃には海に着ける時間に家を出た。

 寝静まった住宅街を抜け、幹線道路を走り、インターチェンジから都市高速に乗って。環状線で市街地を半周して、そのまま北へ。あとはジャンクションを二つ経由するだけ。ほとんどが高速道路経由の、迷う余地がないルート。

 大抵の場合、深夜の道路はスムーズに流れていて、今日もそれに当てはまった。道を走るのは大型トラックばかり。景色もなし。その上今日はラジオも音楽も流してない。

 人に運転させておいてなんだけど、やや退屈。車の中では本を読むというわけにもいかないし、そもそもテキストに向かいっぱなしだったここ数日のことを思えば、この土日くらいは活字のことを忘れていたかった。

 

 平野を抜け山越えに入ったあたりから、車は走行車線と追い越し車線を行ったり来たりしている。

「一年通った感想は?」

 上り坂で減速したトラックを追い抜くため、再び車線変更しながら、佳歩が言った。

「大学?」

「もちろん」

「一年目に単位詰めすぎた気がする。さすがに疲れちゃった」

「そういうのあんまりよくないって言うけど。二年目からは専門増えてそっちで疲れそう」

「興味あることの方が集中できていいよ」

「そう? 逆に、私がやりたかったのはこんなことじゃない、みたいになりそうだけど」

「幻滅するんじゃないかって? 教養科目で退屈するほうが嫌だなー」

「退屈かそうじゃないかで言ったら退屈、でも」

「でも?」

「親戚に会うとみんな基礎とか教養の科目は楽しかった、ちゃんと聞いとけって言うんだよね」

「それ、私たちが今高校の授業がよかったーって思うようなやつ? 喉元すぎれば、みたいな」

 佳歩が答えるまでにはすこし間があった。

「そうかも」

「まあ授業が、ってよりはクラスが、って話かもしれないけどさ。先生は良し悪しあるし」


 会話の途中でナビが進路変更の予告をする。車はまだ追い越し車線にいるけど、トレーラーが続いていて左車線へ戻れない。

 最後の予告看板を通り過ぎたあたりになってようやく、強引なタイミングながらも走行車線へ戻ることができた。

 減速が甘いまま分岐を左に入り、そのままきついループを270度回る。怖くはないけれど、快適ではない速度。身体が右側へと押し付けられる。

 まっすぐな道に戻って、速度計が見えるわけじゃないから確かなことは言えないけど、街灯が流れるペースはたぶん普段と大差がない。

 腕時計を見る。予想していた通り、時間にはまだまだ余裕がある。そういえば、入学祝いでもらったこの時計も、もうすぐ身につけ始めてから一年経つのだと気づいた。それよりは短いけれど、それでもその半分くらいは佳歩の運転に付き合っている。

 ちらりと横を見る。少なくとも外見に変わった様子はない。疲れも、焦りも、その表情からは伺うことができない。

 一つ息をついてから。

「でも語学は楽しかったかな」

「仏語だっけ?」

「この車でフランスまで里帰り、なんてできたら面白いけど、まだまだだね」

「それにはまずどっちかが国際免許取らなきゃだし、そもそもフランスは右側通行」

「あ、そっか左ハンドル」

「それに、この車だってフランス車ってだけで、本当にフランスで作ってるかわからない」

「そうなの?」

「知らない」

 とりあえず、調子が悪い、とかではなさそうだった。 


 ジャンクションから三十分くらい走ったところで、時間調整も兼ねてサービスエリアに入る予定になっていた。

 インターチェンジを過ぎてすぐ、カーブの途中で内側の分岐に入る。

 上下線で別れているこのサービスエリアは規模が小さい。大型車スペースを通り過ぎて、小型車レーンへ。駐車場は静かで、停まってる車も仮眠目的の人が多い。

 車は、一発でロットに入って、ギアをパーキングレンジに、そしてハンドブレーキ。

「はい、ひとまずお疲れ様。私は降りるけど、佳歩はどうする?」

「少し休む。どのくらい停まっていられる?」

「一時間くらいは大丈夫だと思うけど」

「三十分でいい。それだけ経ったら戻ってきて」

「了解」

 後部座席からジャケットを手に取ってからドアを開けると、一気に冷気が飛び込んでくる。車内が冷えないようにすぐに外へ出る。

 左右確認してから自然と早くなる足で道を渡る。振り返ると、佳歩はもう座席を倒している。

 店舗の中に入ると中に流石に人はまばらで、暗闇に慣れた目には照明が眩しい。食堂は二十四時間開いているみたいだけど、さすがに今何かを食べる気にはならない。今は閉まっているテイクアウトにはずいぶん肉肉しいメニューが人気商品として掲げられている。明らかにお土産を買うタイミングじゃないんだけど、それでもついつい見て回ってしまう。一通り見て回ってから、ようやく私はフードコートの椅子に座って、足を伸ばす。

 この、サービスエリアへ入ったときの妙にウキウキしてしまう感覚って一体なんなのだろう。

 本当はまっすぐ目的地近くのコンビニまで向かっても良かった。時間調整は目的地の駐車場でだってできた。それなのに、わざわざここを選んだのに、そういう動機があったことは否定できない。もちろん、コンビニの駐車場に長居はできない、というちゃんとした理由もありはするんだけど。


 ワクワクする雰囲気を十分味わってから、手洗いを済ませて車に戻る。ウィンドウを叩くより先にロックが解除される。急いで車に乗り込む。

 脱いだ上着を置くために後ろを向く。後部座席の荷物が動いているから、彼女も一度車を降りたのだろう。

「あー、寒い寒い。あ、飲み物買わなかったけど、あったほうが良かった?」

「いい。どうせインター降りたところでコンビニ寄るんでしょ?」

「うん、その予定。ガソリンは大丈夫?」

「海に着いてから家まで帰れるよ」

「じゃあ出発といきましょうか」

 シートベルトを閉める。ハンドブレーキが降ろされ、そしてギアは再びドライブへ。

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