備えのない雨の日について

 改札を出た瞬間しまったと思った。

 春休みを利用した悠々自適な買い物からの帰り道、向こうを出る時にはそのうち降り出しそうくらいだった空は、いつの間にか屋根の外を土砂降りに変えていた。

 ノイズキャンセリング・ヘッドホンと、買い換えたばかりのスマートフォンという、至高のマリアージュがしあわせすぎて、電車に乗っている間も、駅のホームへ降りる間も、どんどん強まっていく雨脚に気づくことがなかったのだ。

 今から思えば、書店からの帰り際、新刊コーナーに面白いと聞いた本がその続編と一緒に並べられていることに気づいてしまったのが運の尽きだったのだろう。その場でしばらく立ち読みした後、うん、これは面白いと判断して、店を出てから電子書籍を買った。

 やっぱり最後の寄り道がダメだったかなーと、少しだけ後悔する。せこいまねをした罰が当たったのかもしれない。


 さて、どうするか。

 夢中になって読んでいたせいで残量が心許ないバッテリを気にしつつ、ケータイで雨雲レーダを調べると、どうやら30分やそこらじゃ到底止みそうにない。

 いつも鞄に入れている折りたたみ傘は、生憎昨日の夕方からベランダで宙づりになってる。というか、こんな降り方じゃ傘なんて差しても無駄だし、なによりせっかく買ってきた荷物を濡らすのは嫌だ。いくら防水のデイパックだって、この雨じゃ完全には信用できない。

 そして平日だから、親はどちらも仕事中だ。

 孤立無援。天は我らを見放した。


 仕方なしに、駅にほぼ直結のミスタードーナツへ向かう。

 他の選択肢といえば線路の反対側にあるマクドナルドぐらいだし、いまはそういう気分じゃなかった。とはいえ、この店は待ち合わせや試験勉強や読書でよくお世話になっているから、そんなに悪い気分じゃない。

 店内に入る。湿った服に空調が少し肌寒い。

 陳列棚を前にして、トングをカチカチさせながら何を食べるか悩み、シュガーレイズドだけをトレイに乗せる。あまいけど、甘すぎない、べとつかない軽い食感が私は好きだ。

 レジカウンターで一緒にホットカフェオレを注文。

 トレイを両手に振り返って店内は見回しても、私の他に客は数えるほどしかいない。だから窓際の4人掛け席を一人で堂々と占領し、隣の椅子にデイパックを乗せる。


 もさもさとドーナツを食べ終えて、黄色いマグカップを傾けて、しばらくぼーっとしてから時計を見ても、まだ10分しか経っていない。

 窓の外は相変わらずのすごい雨で、駅前のロータリーは誰かを迎えに来た自家用車と、書き入れ時のタクシーがひっきりなしに出入りしてる。

 それにしても、あまりに手持ちぶさただ。今日はタブレットを持ってないし、紙の本も無いし、何よりケータイの電池が切れかけなのがつらい。普段だったらカバンにはモバイルバッテリーが入ってるのに、今日はそんなに長く出かけないからと、家の充電器につなぎっぱなし。たまたま持ってないが多すぎる一日だ。

 やっぱり、ちょっとの買い物だからって油断しちゃダメだ。


 ミスタードーナツではホットカフェオレが無限に湧いてくる。より正確に言えば、ホットカフェオレはおかわり自由で、放っておいても店員さんが席をまわってきて、おかわりを薦めてくれる。

 気がつくと何杯もコーヒーをがぶ飲みする事態に陥り、後悔することになる。主に風呂上がりとか、ベッドの中とかで。

 そうして店員さんの好意に与って、私は本日2杯目のホットカフェオレを啜りはじめる。はてさて、何杯目まで飲みきったらこの雨は止んでいるだろうか。

 これでは今夜上手く寝付けないかもしれない。それでも、今日のことだけ考えれば、買ったばかりの本を読み進めるチャンスだって言うこともできる。

 問題があるとすれば、始業式までには生活時間を戻せればいいのだけれど。

 でもそれは、明日、明後日、それより先の未来の話。今はただ、この雨が止むのを待つだけ。

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