わたしたちの街で
sq
かえりみち
南向きの窓から部屋の中へと夕陽が射し込んでいる。オレンジ色をしたその光は、窓に対して直角をなすよう壁際に置かれた黒いソファーと、その上に横たわる少女を背後から照らしている。
紺色のブレザーとソファーの革張りとにこぼれた少女の少しだけ茶色がかった長い髪は、徐々に明るさを失っていく部屋の中で少しずつその輪郭が曖昧になっていく。
少女の手には夕焼け色に照らされた文庫本があり、300ページ強のそれを少女は今にも読み終えようとしている。
少女がいるのは高校の教室で、校舎の最上階、五階にあるそれは普段の授業では用いられることのない特別教室の一つである。廊下寄りの壁にはスチール棚が並び、雑多な教材が段ボール箱の中で埃を被っている。部屋の中央には長方形の大きな木製テーブルが鎮座し、パイプ椅子がそれを取り囲むように配置されている。テーブルの上には、数週間前から放置されている表紙に活動記録と書かれたノート、積み重ねられた数冊の古いハードカバー、そして少女のスクールバッグが置かれている。スクールバッグの正面にあるパイプ椅子の背もたれにはマフラーと学校指定のコートが掛けられている。少女が寝ころんでいるソファーは、かつては授業の合間に教員たちが過ごす準備室で使われていたもので、ところどころに走る生地の切れ目がその年期の入り方を伺わせる。人の肌になじんだ柔らかな皮革は少女が身じろぐごとに心地よい感触を返してくる。部屋には少女一人しかおらず、かすかに届くグラウンドからの掛け声と、少女がページを繰る音だけがこの部屋に響いている。
陽のあたっていない場所が暗闇に沈み、そろそろ日が沈もうかという頃、後書きの最後の一文字までゆっくりと読み終えた少女は本を閉じ、寝ころんだまま大きく伸びをした。壁の掛時計で今の時間を確認してから勢いをつけて立ち上がる。机の方へと歩み寄り読み終えたばかりの文庫本をスクールバッグの中へとしまう。椅子に掛けていたコートに袖を通し、その上からチェック柄のマフラーを巻く。バッグの中から落ち着いた色の手袋を取り出して指を通し、スクールバッグのチャックを閉めハンドルを手に持つ。がたついた引き戸を開け教室の外に出る。振り向いてドアを閉め、本来は出入り口近くのフックにつり下げられているべき鍵を、入れっぱなしにしていたコートのポケットから取り出すと、それを使ってドアの鍵を閉めた。少女が出てきた部屋の扉には「文芸部 部員募集中」の張り紙が掲げられている。
少女は部室のすぐ隣にある階段を降り始める。少女がいる校舎の五階には今出てきた文芸部の部室として使われている教室以外には、鍵のかかった、屋上へと続く扉しかない。この学校には屋上には柵が設置されておらず、特別な理由がない限り一般生徒の立ち入りは禁止されている。
少女は右手に鞄を持ち階段を下りていく。踊り場の明かり取りと、各階の階段の目の前にある窓の明るさに目がくらむせいで、階段の闇が濃く感じられる。
廊下には教室から漏れてくる明かりが不均等な間隔で点在し、閉ざされた扉越しにブラスバンドが練習するくぐもった音が聞こえてくる。
この学校は、生徒全員に対し何らかの部活動へ所属することを要求している。しかしながら、他の学校でいうところの帰宅部に相当するものへの需要が存在しないわけがなく、そういった生徒は活動のゆるやかな部へと所属することで実質的に部活動にとらわれない生活を送っている。部活動の側からすれば、名目上の部員数を稼ぐことができるため、予算獲得が有利になるというメリットが存在し、いわゆる持ちつ持たれつの共存関係を構築している。
少女が所属している文芸部もそういった帰宅部需要の受け皿の一つである。実質的な部員数は書面上のそれの半数以下であり、年一回、文化祭と同時に発行される部誌は彼らの手によって形作られる。
少女は、部室に顔を出し読んだ本の感想が主な話題となる部員たちの会話に参加するものの、自ら積極的に書くことはない、中間層ともいうべき存在である。
少女が一階にたどり着く。非常口の案内灯と火災報知器の赤いランプとが窓の外の青色がかった暗闇に侵されぬ数少ない灯火だった。
少女は職員用の昇降口の脇にあるドアをノックする。失礼しますの声とともにドアを開け、鍵を返却しにきた旨を伝える。
中年の女性の事務員が慣れた動作で少女から鍵を受け取り、壁に備え付けられた、実際の部屋の配置に対応した鍵掛けへとそれをひっかける。
少女は失礼しましたの一言とともに一礼し、ドアを閉める。蛍光灯の明かりに照らされた廊下は再び暗闇に戻る。
昇降口でローファーへと履き替える。屋外に出た途端に冷たい冬の風に襲われ、「寒っ」という小さな声が思わず少女の口から漏れる。
風が入り込まないようにマフラーを調えてから、校舎を一度だけ振り返る。昇降口から校門へと続く舗装された道を歩いていく。
テニス部の部員たちが照明に照らされたテニスコートで熱心にブラシをかけている姿が見える。自転車置き場で騒いでいる男子生徒たちを横目に門を出る。校舎に掲げられた時計は16時30分を指していたが少女がそれを確かめることはなかった。
校門の前を通る道は片側一車線で、両側には広い歩道が整備されている。
校舎と平行に走るその道を、向かって左側へと歩き始める。
バス停が校門の目の前にあるにも関わらずこれを通り過ぎ、その近くにある横断歩道で反対側の歩道へと渡る。
道はすぐに右へとカーブし下り坂となる。学校が建っているのは丘の上であり、学校よりさらに進むと工業団地が存在する。
丘を回り込むようにして走る坂道には、斜面側のみに歩道が整備されており、斜面の反対側には、車道を挟んで丘の下に広がる平野を見渡すことができる。
今歩いている道にも最寄り駅へと向かうバスは走っているが、その運行は朝夕に集中しており、企業の終業時間を過ぎるまでは少ない本数しか運行されない。
放課からバスの本数が増えるまでの間は、少女のように坂道を歩いて下り、丘の麓にあるバス停からどの時間でもある程度の本数が運行されている、別の系統のバスに乗ることを選ぶ生徒が多い。
丘の麓にはT字路があり、少女が歩いてきた道はその縦棒にあたる。向かって左側へと曲がれば駅へと向かう方向となるが、少女はその反対へと歩き始める。
一分も歩かないうちに簡素な待合室付きのバス停にたどり着き、少女はその脇で立ち止まった。
少女は鞄から携帯電話を取り出す。画面の大きなそれは、高い性能を有することで評判となった海外メーカ製の最新型スマートフォンであり、その画面には汎用の時刻表アプリが表示されている。
現在の時刻と次のバスの時刻を確かめると、少女はそれをまたバッグへと収める。
片側一車線の道はヘッドライトを点けた乗用車が行き交っている。
その光の軌跡を少女が眺めている内にバスが到着した。
中扉が開くと、少女は整理券をとらずにステップを登り、車両後部の二人掛け席に腰を下ろした。
車内に乗客は少なく、空席にはまだ余裕がある。少女は荷物を隣の席に置いた。新たな乗客の着席を確認した運転手はバスを発進させる。
少女は再び携帯電話を取り出すと今度は画面のロックを外し、ブラウザで先ほど読み終えた本の感想を検索しはじめる。
先ほどのT字路を通過して数分間順調に走り続けてきたバスが停車する。アイドリングストップシステムが働き、最後にやや大きな振動を残してエンジンが停止する。
少女が画面から顔を上げると、バスの前方には赤いブレーキランプが連なっている。
この先には片側三車線の大きな幹線道路との交差点があり、毎日のように渋滞が発生している。
少女はバッグのポケットから手探りで飴を取り出すと、パッケージを見ることなくそれを開封し口の中に放り込んだ。口の中で甘みと共に苺の香りが広がっていく。好きな味を引き当てたことに少女の気持ちが上向く。
少しだけいい気分のまま、機関の始動と停止を繰り返すバスがのろのろと進むのを待つ。
窓の外は国道に面したロードサイド店舗の電飾がきらめいているが、近くにあるはずのそれにいつまで経ってもたどり着かない。
進んでは止まりを数回繰り返してようやく交差点を抜けた。
強いギラギラとした光が再び遠ざかっていき、代わりに穏やかな照明に照らされた明るい通りをバスは走る。
駅に近いこの道の両側には古くからの商店街が広がっている。歩道には屋根が整備されており、生鮮食品などを扱う店はほとんどないが、それでも全国に展開する飲食チェーンやコンビニエンスストアの合間に、古くからあると思われる酒屋や写真店、玩具店などが軒を連ねており、シャッターの閉まった店は多くない。
先ほどの交差点での待ち時間よりは短い時間でこのバスの終点、駅前のバス停に到着する。
少女はケータイをコートのポケットに入れ、かばんから革製の薄いパスケースを取り出す。
運転手に紙の定期券を見せバスから降りるとそこは小さなロータリーで、その向こうには一階建ての小さな駅舎がある。駅舎の中には左手に自動券売機と有人の窓口、右手には売店と待合室がある。待合室には青いプラスティックの椅子が3列並んでいるが、早朝深夜を除けば一時間に五本、十二分間隔で電車が発車するため、電車を待つためのものというよりは人待ちや休憩用という性質が強い。改札口の向こうには電車が止まっているのが見える。
少女は三つ並んだ自動改札の一番左端を、今度はIC定期乗車券で通過する。すぐに左へと曲がり跨線橋を渡ってホームへと向かう。
跨線橋にはガラスの無い窓が高い位置にあるのみで、列車や線路を見ることはできない。両側の壁には車内暴力抑止、鉄道系旅行会社が企画したパックツアーの案内ポスターなどが貼り付けられている。
階段を下りるとホームの右側、駅舎に近い側に電車が停車している。電車内は明るく、まばらであるが乗客の姿も見えるが、各車両に三つ並んだドアは閉ざされている。
少女が電車の前に立つ。そして、ドア横のボタンを押すと、チャイムの音とともに電車の両開きの扉が開く。一歩踏み出して車内に入るとくるりと後ろを向く。冷気を遮るため今度は車内側のボタンを押し、半自動扱いのドアを閉める。進行方向右側のロングシートの端に腰を下ろす。ヒーターの効いた座席は暖かく、ほっと息を吐く。
膝の上に鞄を載せファスナーを開いたところでケータイが中にないことに気づき一瞬焦りの表情を浮かべるも、すぐにコートのポケットへと手を差し入れる。画面をさっと撫でてロックを解除し、電話帳のお気に入り欄から「絢」とだけ書かれた連絡先を選択する。開いたメール編集画面で予測変換を駆使し、数タッチで「借りた本返したいんだけど、今日泊まりに行ってもいい?」という短い文面を作ると、一度だけ文章を見直してそのメールを送信した。
その間も「ドアは自動では開きません。ドア横のボタンを押してください」という無機質な自動音声がエンドレスに流れ続けている。
先ほど読み終えてしまった本以外に読むものを持っていない少女は、仕方なしにスマートフォンのブラウザでニュースサイトの記事を眺める。記事の一ページ目を読み終える前に、まもなく発車するという車掌のアナウンスが流れ、一度全てのドアが開く。数秒もしないうちに「ドアが閉まります。ご注意ください」という自動音声が流れ、ドアが閉まる。ガタッという大きな揺れを伴って、列車が動き始める。
古い形式の車両はキィキィときしむ音を立てながら加速していく。次第にモータの音が大きくなり、しまいには車内がその音で埋め尽くされる。
沿線は主に住宅街であるが、途中駅を最寄り駅とする学校がいくつか存在する。そのためこの時間に乗換駅へと向かう方向の列車は沿線にある学校の生徒が乗客の中心となる。
少女がケータイの画面に夢中になっている間に列車はいくつかの駅に停車し、その度に乗客が増えていく。
長い記事を読み終えた少女が顔を上げると、いつの間にか全ての座席が乗客により埋まっていたことに気づく。
電車は駅に停車しており、誰も閉めるボタンを押さずに開けっ放しとなっているドアから外の冷気が染み出している。
「ただいま対向列車が遅れております。列車交換のため発車までしばらくお待ちください」
この路線には良くあることであり、車掌のアナウンスに対し少女は特別の反応を返さない。どちらかというと少女は開け放たれたドアの方をより気にしている。
誰かドア閉めてくれないかなと少女が思ったところで、バイブレータの動作と共にメールの着信が手のひらの上にある画面へと通知される。メールボックスを開くと、先ほど少女の送った文面以上の簡潔さで了承の意を伝える返信が届いていた。それを見た少女の表情に薄い微笑が浮かぶ。
駆け込んできた乗客がドアを閉めたため、車内温度の低下はそこで止まった。ほぼそれと同時に対向電車が到着する。ホームの明るさが倍になり、少しずつゆっくりになるレールの継ぎ目をこえるカタンコトンという音が響く。
車掌がマイクで発車する旨を伝える。全てのドアが閉じられていたため、シューッという空気の漏れる音がしただけで電車は再び走り始めた。
終着駅に近づくにつれ、街灯りで少しずつ車窓が明るくなっていく。
甲高い金属音を立てながら終着駅直前のきついカーブを抜け、ガタガタとポイントを超えて、列車はゆっくりとホームに滑り込む。
窓の外を濃い色をした防寒着姿の男性が大半を占める乗車待ちの列が流れていく。スキール音をたてて電車が停止する。
ドアから出た乗客は線路が先へと続いていない終端式のホームを歩いていく。少女もその流れに乗ってホームを歩き、跨線橋の階段を上る。
普段なら少女はこの地方の動脈と形容される路線へと乗り換えるのだが、今日はそのまま改札へと向かう。駅の二階を南北に貫く自由通路を抜け、広い階段を下りて南口より駅を出る。
駅前再開発により造成された、駅とペデストリアンデッキで直結しているショッピングモールがある北口とは対照的に、南口には細々とした雑居ビルが軒を連ねている。ささやかな、それでも学校最寄り駅のそれよりは大きな駅前ロータリーより放射状に伸びる道は、真上から見るとちょうど右に90度回転させたKの字に似ている。週末ということもあり駅前はにぎわい多くの人々が行き交っている。
少女は横断歩道を渡り、駅の南西へと続く道へと向かう。
歩き始めて一分もしないうちに、この地域を中心に展開する24時間営業のスーパーへとたどり着く。少女が友人を訪ねる際にはここで飲み物とお菓子を買っていくことが慣例となっている。
この店は、深夜に少ない人数で運用するために入口と出口が分離された構造をしており、店側が意図する方向と逆に店内を巡ることが難しい。
入口側の自動ドアをくぐり右手にカゴを持った少女は、まず弁当・惣菜のコーナーへと向かおうかと思案するも、食事をどうするかについて連絡していないことを思い出し、必要ならばまた出直すにしてお菓子が陳列された棚へと向かう。何種類かの味がアソートされたクッキーの袋をカゴの中へと入れる。お茶は友人が用意してくれるので、飲み物のコーナーではジュースのペットボトルを手に取る。真夜中でもない限りたいていこのスーパーは客がそれなりに入ってるなあ、などと考えながらレジの行列を待つ。「レジ袋不要(2円引き)」と書かれたカードをレジスターの横から取り、かごの中に入れてから会計をする。
カバンより明日着た服を持って帰る用に持ってきた折り畳めるトートバッグを取り出し、今買ったばかりの商品を入れる。
そしてまた、少女はにぎやかな駅前の通りへと躍り出る。
少女の友人が住む7階建てのマンションは駅から徒歩5分以内という好立地に存在する。よって、先ほど立ち寄ったスーパーからいくらも経たないうちに少女は友人宅へとたどり着いた。
マンションのエントランスは大理石調の内装で統一されており、高級感を演出している。
内側の自動ドア前にはオートロック用のインターフォンが備え付けられており、少女は手慣れた手つきで部屋番号のボタンを押す。チャイム音からしばらく間が空いて「はい」という声がスピーカから流れる。それに対し少女は一言「私だよ」とだけ告げる。それだけで十分とばかりにインターフォンの回線は切れ、それと同時に内側の自動ドアが開いた。細い通路の先にあるエレベータに乗り、三階のボタンを押す。
本来ならばエレベータを用いるまでもない高さであるが、建物の外にある階段は空調が効いてないし、荷物もあるし、などと理由をつけていつも少女は文明の利器に甘えている。
昇降の開始終了を感じさせないような滑らかな制御でエレベータは動作し、三回までは十数秒。風の吹き付ける廊下を足早に抜けて、305号室のドア横にあるドアチャイムを鳴らす。
ドアチェーンをはずす音、「カチャ」という鍵を開ける音が鳴り、そしてとうとうドアが開く。玄関に立つ友人のエプロン姿に、夕食を用意しなくて良かったという思いが頭を過ぎる。
「ただいま」
そう言って、少女は友人に向かって微笑む。少女の友人、絢は表情を動かさないまま、しかし柔らかな声で歓迎の意を言葉にする。
「おかえり」
突然押しかけてきた希の期待を「洗い物をしてただけなんだけど」の一言で撃沈した後、じゃあ食事は何にしようかという話になり、支度を終え外に出たわたしが希の手に引かれるままたどり着いたのが……。
「なんで回転寿司なの?」
「いいじゃない、食べたかったんだよ」
制服姿のわたしたちは並んで回る寿司の目の前に座っている。つまりは回転寿司のカウンター席だ。週末の夕方だからそれなりに混雑はしているけど、駅からは少し外れているし、今話題のチェーン店みたいに特別安いわけでもないから、その程度はたかが知れている。
「……」
「……」
食事中は基本的にお互い無口だ。
隣に座る希はさっきからコンベアを無視してその向こうにいる板前さんへと直接好き勝手に注文してばかりいる。これでは回転寿司に来た意味が無い。
対するわたしはというと、そもそも寿司を食べたくてここに来たという訳でもないから、回ってきた食べたい皿を適当につまんでいる。その割には積み上げた皿の色が豪華なのがちょっとまずい気もする。枚数が少ないのが救いだ。
食欲が一段落した後、さっきは熱々で飲めなかったあがりを飲み干して一息つく。そろそろ出ようかということになって希がすみませんお勘定お願いしますと店員を呼ぶ。やってきた女性店員の端末から発行された伝票を受け取り、レジへ。細かな清算は後ですることにして、わたしは大雑把な金額を希に渡す。彼女はまとめて会計を済ませた後、店員にごちそうさまと声をかけてレジを後にした。わたしたちは二人並んで店の外に出る。
「あー、美味しかった」
わたしたちは広く整備された歩道を、賑やかになる方、駅へと近づく方、家に帰る方へと向かっていく。夜ともなればいくらコートを着ていたところで寒い。自然と歩むペースが速くなる。
「これから何する?」
「ってことはいつも通り泊まってくの?」
「お言葉に甘えて」
「別に薦めてないんだけど……」
もちろん構わないし、むしろそのつもりで聞いたのだけど。
「それで、何するの? あの本の感想でも話す?」
「あー、それもいいけど、この長い夜にその話題だけってのはちょいと寂しすぎやしませんか」
「長い夜って……いいじゃん、テレビでも見てれば」
「えー、だって今日のロードショーは×××××だよ。つまらん」
「ならレンタルビデオでも寄ってく?」
それはいいなあ、ああでもどうしようあの店ブルーレイの品揃え悪いんだよな、などと、希はひとりごちている。まさにああ言えばこう言うだ。別にブルーレイじゃなくてもDVDでいいじゃないかと思うのだけど、このあたりのこだわりはご家族の影響なのだろうか。
「いいや、まっすぐ帰ろう。ネットさえあれば暇なんていくらでもどうにでもなる」
わたしは軽くため息をつく。こうやって彼女の気まぐれさに呆れることにも慣れたし、なによりわたしはそれが嫌いじゃない。
「じゃあスーパーだけ寄ってこ。もう少し買い足しておきたい」
「おっけ。じゃあ、行こう」
わたしたちは並んで歩いて行く。
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