5.
彼と付き合って一年ほどが経過した。年上の彼はレポートなどの提出物の作成に追われ多忙そうにしていた。当然わたしと会う機会も減り、電話で話しても疲れているからという理由であまり話せなかった。
ひさびさに学校内で顔をあわせたときに困ったことがあったらいってね、とある日の友人のように告げている自分がいた。困ったことがあったらなんて、実際に困っている立場の人に送るべき言葉じゃない気もした。自分が手を貸せたらいいだろうに、足手まといになることがわかっているのは歯がゆい気持ちだった。
彼は大丈夫、と体面通りの答えを返して義務のように数度声を交わすとふたたびどこかへいってしまった。
なんとなくものが作りたいな、と思った。部屋に一人で黙々と手先だけを動かしてひとつのことに集中したかった。
昔、ビーズや手編みで小物を作っているとき、愛情を注げばものに命が宿るのではないだろうかとふと考えたことがあった。
特にものが飛んだりしゃべったりするわけではないが、愛情を注いだ人にだけ気持ちの疎通ができてわたしに心の声で語りかけてくれる。わたしは友達はあまりいないけど彼らだけがいたら寂しくない、幼な心に願うような強い感情を抱いたことがあった。
彼らの傷つく姿を見るのはつらかった。ある日、時間をかけてつくったビーズのブレスレットがちぎれて壊れたことがあった。まだ小物作りに手慣れていない頃だった。
わたしはちぎれたブレスレットを呆然と眺めていた。そのうちに存在感を否定されたような、喪失感に苛まれて激しく泣いた。両親は泣きじゃくるわたしにできるだけ優しくさとすような口調でいった。
ものはいつか壊れるんだよ。でもちゃんとなおるんだ。
わたしはそのことに納得しなかった。自分がこんなにも手をかけたのに壊れるわけがないと。愛情が足りないのだと。
袖口で涙をぬぐい、かじりつくように再び机に戻った。できるだけ記憶にある限り、思い返しながら作った。その年齢でほとんど執念のようなものだった。
何時間かかけて記憶とほとんど変わらないものができた。ほかの人からは寸分違わないようにみえただろう。だがわたしにはなにか違和感があって、ずっと眺めていてはその相違点を探していた。身動きもせず、じっとその場から動こうとしないわたしのただならぬ様子に両親すら声をかけそびれていた。
そんな妄想癖のような状態が直ったのはあくる日、そのブレスレットから声が響いたような気がしたからだった。なおしてくれてありがとう、と消え入りそうな声で聞こえた気がしたのだった。幻聴だと思うが、わたしはそれで救われたようにかんじ、ようやく気持ちが平静に戻った。
その頃からある思いがわたしに芽生えていた。
ものはちゃんと愛情を持って手をかければなおってくれると。
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